第 53 話
「何だとっ!? 誘拐した子供どころか、部下たちまでいなくなっただと!?」
アルーオ王国の南東の地域を領地とする貴族のベニアミーノは、報告を受けて驚きの声を上げる。
その報告とは、チョディア王国の犯行に見せかけてカンリーン王国の子供を誘拐するように、国内の犯罪組織に依頼した件が失敗したというものだ。
「おいっ! どうなっているんだ!? ガエターノ!!」
苛立たし気に執務室の机を叩き、ベニアミーノは側のソファーに座る、今回の報告をしてきたガエターノという男に問いかける。
「分からん。どうやら何者かの手によって救出されたようだ」
問いかけられたガエターノは、背もたれに寄りかかりつつ返答する。
その態度は、依頼に失敗したというのに、あまり申し訳なさそうではないように見える。
「連絡がないから部下を向かわせた。そうしたら、仲間とガキたちはいなくなっていた」
逐一するように言っていたため、国境を無事越えて、中継地点に着いたという報告は入っていた。
そして、今日の朝には鳥の従魔によって出発の知らせが入るはずだったのだが、その知らせが全く来る様子がなかった。
きつく言っていたため、いくら何でも報告忘れなんてするはずがない。
なので、何かが起きて報告ができない状況になったということだとガエターノは判断した。
そのため、部下を中継地点に向かわせて確認に行かせたのだが、仲間と誘拐した子供たちの姿はどこにもなかった。
「それに、中継地点の建物も燃えて痕跡はなかったし、チョディアとの国境の山の中には見張りの死体が転がっていた」
部下は何があったのか調べようとしたが、仲間も子供もいないだけでなく輸送の馬車に使用する馬までいなくなっており、中継地点の建物は焼かれて何の痕跡もなかった。
そして、国境の見張り役たちにも確認に行ったのだが、死体が転がっているだけだった。
つまり、何者かが国境を越えて、子供たちを追いかけてきたということだ。
「うちの組織の奴らを倒すなんて、相当な実力者のようだな」
「何を言っている! もしも今回のことが我が国が行ったことだと知られれば、両国の憎しみはこちらに向けられることになるではないか!」
折角カンリーンとチョディアの関係を悪化させようとしていたのに、そうなるように仕向けたのがアルーオだとなれば、逆に協力して報復行為に移るかもしれない。
そうなったら、ただでさえ飢饉で弱っているこの国は、更なる脅威に晒されることになる。
そう考えると、このまま失敗で済ませるわけにはいかない。
「そりゃ大変なことだ」
「何を他人事のように! お前らだってこの国から追われることになるぞ!」
このままでは、作戦に失敗した自分をトカゲの尻尾のように切り捨てるかもしれない。
それはガエターノの率いる組織の人間たち全員も同様だ。
それなのに、呑気な態度のガエターノを見て、ベニアミーノは捲し立てる。
「まぁ、俺たちは金次第でこの国にこだわる必要はないからない」
確かに自分たちはこの国を拠点として暗躍して組織だが、だからと言ってこの国にこだわりがあるというわけではない。
飢饉によって搾り取れる金がなくなりつつあるというのに、いつまでもこの国にとどまっている必要もない。
そのため、追われるというのならこの国から出て行けばいいだけの話だ。
そう考えたガエターノは、軽い口調でベニアミーノに返答した。
「ふざけるな! 充分な金は支払っただろうが! どこが国内最強最悪の組織だ! この役立たずどもが!」
「……なんだと? 雇い主だからって、好き勝手言っていいわけじゃないんだぜ?」
充分な金というが、はっきり言って組織が依頼を受ける時のギリギリ許容範囲内といった金額だ。
それもあって、組織トップのガエターノは指示だけ出して、部下を動かすことに専念したのだが、それで好き勝手言われるのは気に入らない。
そのため、ベニアミーノの罵詈雑言に対し、ガエターノは怒りが沸き上がってきた。
「なんだ!? 事実を言ったまでだろうが! フンッ! 口だけで役立たずが!」
「てめえ!!」
依頼を受けてやっただけでも感謝しろと言いたいところを我慢していたというのに、貴族だからといっても少々調子に乗り過ぎている。
罵声に我慢ならなくなったガエターノは、怒声と共に勢いよく立ち上がった。
「とまれ!! それ以上近づくと命はないぞ!!」
「ハッ! 護衛のつもりだリだろうが、あんたら程度では俺を止められねえよ」
裏の組織を利用するということから、ベニアミーノの側には護衛の兵が最低でも2人はついている。
その護衛の2人は、ガエターノが立ち上がった瞬間に、ベニアミーノの前に立ちふさがり、持っていた槍を構えた。
屈強な兵に槍を向けられているというのに、ガエターノはひるむ様子は全くない。
それどころか、挑発するような言葉を2人の兵に投げかけた。
「フンッ!」
「ガッ!?」
兵の1人が挑発に反応する瞬間、ガエターノは腰に隠していた短刀を投擲する。
それが喉に深々と突き刺さり、その兵はその場に崩れ落ちた。
「貴様っ!!」
「ハッ!」
「ぐえっ!」
仲間が殺られて怒りに満ちたもう1人の兵が、構えていた槍でガエターノに突きを放つ。
それを読んでいたガエターノは、横に動くことで回避する。
そして、そのまま距離を詰めると、兵のがら空きになっている顔面にハイキックを食らわせた。
魔力を身に纏うことでできる身体強化をしたうえでの強力な一撃により、兵の首から骨の折れるような音がした。
「ひ、ひえぇ~……!!」
自分の領地でも指折りの護衛だというのに、その2人があっさりと殺されてしまった。
ここでようやくガエターノの強さに気付いたベニアミーノは、悲鳴を上げて恐怖で腰を抜かした。
「どうせ国に斬り捨てられるんだ。この場で俺が殺してやるよ」
「な、なにをする気だ!? ち、近づくな!! や、やめろぉー!!」
アルーオ王国としては、ベニアミーノに罪を全て擦り付けて殺すはず。
それなら自分が今殺しても同じこと。
そう考えたガエターノは、先ほど兵に投擲した短刀を死体から引き抜き、血を滴らせたままベニアミーノに近づく。
自分の末路を理解してか、ベニアミーノは腰を抜かしたまま必死に後退りするが、それで逃げられるわけもない。
“グシャッ!!”
短刀で心臓を一突き。
腰抜けのベニアミーノでは抵抗することもできず、ガエターノにあっさりと殺された。
「頭……」
「……この国を出るぞ」
他の兵に囲まれないように、ガエターノはこの部屋の窓から外に脱出する。
そして、町中にある部下たちが集まる場所へと戻ると、すぐさま国外への脱出を指示した。
「どこへ向かいますか?」
「もちろんカンリーンだ」
依頼主を殺しておいてなんだが、一応依頼を受けた身だ。
これからも裏仕事の依頼を受けられるように、今回の失敗をそのままにしておくわけにはいかない。
今回、自分たちの邪魔をした者たちが何者なのかを調べ、報復行為に出なければおさまりがきかない。
そのため、向かうべき国はカンリーン。
その日のうちに荷物を全て運び出し、アジトはもぬけの殻となった。
「確か、【鷹の羽】とかいうクランだったか……」
オフェーリアとグスターヴォが率いるクラン。
その名を【鷹の羽】としている。
口裏合わせによってエルヴィーノの名は全く出ていないため、ガエターノたちにも事件解決をしたのは彼らによるものだと考えている。
「皆殺しにしてやる」
本来の標的を間違っているとは知らずに、ガエターノが率いる組織【陰滅】の者たちは密かにカンリーン国内に進入したのだった。
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