第 52 話

「そもそも、お前……エルヴィーノだったか? どうして俺たちに手柄をくれるんだ?」


 イガータの町の子供が行方不明になる事件。

 それを解決したエルヴィーノは、ギルド所長のエヴァンドロと、今回の事件に協力してくれたA級冒険者たちのリーダー格の2人と、今後のことに関して話し合うことになった。

 その話し合いを始めたところで、青年がエルヴィーノに問いかけてくる。

 若干不機嫌そうな口調で話す青年を、隣に座る女性が咎める視線を向けるが、口に出さないのは同じ思いをしているからだろう。


「グスターヴォ、オフェーリア。すまんがそれは教えられない」


「なんでっすか? おやっさん」


「私も気になります」


 いまさらながら、エルヴィーノは2人の名前を聞くのを忘れていたことを思い出した。

 しかし、エヴァンドロの言葉で理解した。

 青年はグスターヴォ、女性はオフェーリアという名前のようだ。

 エヴァンドロが止めてくれたが、納得できないのも分からなくない。

 子供が行方不明になっていた事件は自分たちも気づいていたし、時間があるときは調査をしたりしていた。

 だが、チョディア王国の人間がやった可能性があるというだけで、証拠となるようなものは何も見つけられなかった。

 領兵たちも同じ見解らしく、ゲルボーゼ辺境伯としてもなかなか交渉が上手くいかず、手をこまねいている状態と言っても良かった。

 それが、昨日今日来たばかりの自分よりも下のランクの冒険者が、あっという間に事件解決に導いてしまったというのだから驚きだ。

 それだけならまだしも、その事件解決した手柄を譲るなんて言われても、素直に受け入れることができないのだろう。


「理由が知りたいと思うのは当然だろ?」


「タダより怖い者なんてないですからね」


 理由を教えられないでは、2人は納得できないようだ。

 エルヴィーノがその立場なら、同じ思いをしていたことだろう。


「今回俺がやったということは伏せたいんだ」


 今回の事件を解決したとなると、どうやってと考えるのは当然だ。

 数人がかりで事に当たったとなれば、色々と言い訳ができる。

 しかし、1人でやったとなると、どう考えても違和感を覚える部分が出てくる。

 ダーヤ川をどうやって渡ったのかとか、子供たちをどうやって連れ戻したのかとかだ。

 その違和感から、自分が転移魔法を使用できることに気付かれるかもしれない。

 それが貴族側に知られると、面倒な依頼を押し付けられ続けることになるかもしれない。

 そうならないためにも、今回彼らに手柄を譲ることにしたのだ。


「……本当に1人でやったのか?」


「あぁ……」


 エヴァンドロから仲間を招集してくれという頼みを受け、半信半疑で今回のことに協力したが、この事件を解決したのが自分よりも年下で下のランクの冒険者たちだということが信じられなかった。

 しかも、実行したのは、目の前に座っているエルヴィーノ1人だというのだから尚のことだ。

 そのため、グスターヴォは確認するうえで問いかけ、エルヴィーノは頷きつつ返答した。


「それが本当だとしたら……」


 1人で今回の事件を解決したのだとしたら、どういった能力が必要になるか。

 エルヴィーノの言葉を受けて、オフェーリアは小さく呟くとともに顎に手を当てて思考し始める。


「っ!? あなた、もしかして……」


 少しの間考えこんでいたオフェーリアは、何かに思い至ったかのように呟く。

 どうやら、エルヴィーノが使った能力に気付いたのかもしれない。


「……なんだ?」


 オフェーリアとは違い、グスターヴォの方は考えるより答えを聞きたいといったような様子だ。

 しかし、何かに気付いた様子の反応を見て、オフェーリアに話しかける。


「……もしも、私が思った通りだとしたら、確かに秘密にしたいかもしれないわね」


 今回の事件を解決するために必要なのは、転移石、もしくは転移魔法だ。

 どちらだとしても、エルヴィーノが転移石を使用できるだけの魔石を用意できる財力、もしくは転移魔法を使用できるだけの魔力を有しているということになる。

 そうなると、それだけ冒険者としての実力も高いということだ。

 自分たちのように、A級の実力は持っているということ。

 事件の内容を知り、このイガータの町を拠点としているクランの自分たちでも解決するにはかなりの難易度なのに、それをエルヴィーノはたった1人でこなしたということになる。

 グスターヴォと自分が1人でやれと言われても確実に無理だ。

 それに気づいたオフェーリアは、段々と目の前のエルヴィーノのことが恐ろしく思えてきた。

 因みにクランとは、数人一組とするパーティー。

 そのパーティーが1組だけでは達成できない大きな任務の時のために、協力して解決に当たるために組織された集団のことだ。


「それを隠すために手柄を与える。つまりは口止め料代わりってことかしら?」


「……その通りだ」


 話し合いということにおいて、グスターヴォよりもオフェーリアの方が適しているようだ。

 恐らく転移のことに気が付いただろう。

 しかし、口に出さないところを見ると、貴族に知られた時の面倒さを理解しているからだろう。

 そして、それが今回の手柄を渡すことにつながるということにつながると分かったようだ。

 言い換えれば、オフェーリアが言うように口止め料と言ったところだ。


「……分かったわ。私たちは今回の手柄を受け入れるとともに、あなたが解決したということを秘密にするわ」


 答えが分かれば頷くしかない。

 自分たち寄りの立場のエヴァンドロが、エルヴィーノ寄りの意見を言う理由もそういうことだろう。

 そのことを理解したオフェーリアは、今回の手柄を受け入れることを承諾した。


「おいっ! オフェーリア!」


「黙って! グスターヴォ! これがクランリーダーとしての決定よ!」


 今回の事件を1人で解決できるだけの能力を有しているということは、A級に収まる実力ではない。

 場合によっては、自分たちのクラン事潰せる実力があるかもしれない。

 そう考えると、このエルヴィーノと事を構えるわけにはいかない。

 そのため、オフェーリアはグスターヴォの抗議をねじ伏せた。


「では、細かい打ち合わせをしよう」


「えぇ!」


「……あぁ」


 エルヴィーノとしては、何となくグスターヴォの方がリーダーなのかと思っていたが、どうやらオフェーリアの方が立場が上のようだ。

 しかし、戦闘面ではグスターヴォの方が上でも、こういった交渉事に適しているのはオフェーリアと言ってもいい。

 そのため、エルヴィーノはすぐに立場が逆なことに納得できた。

 そして、所長室に集まった者たちは、今回の事件に関しての口裏合わせを開始した。


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