第 51 話

「っ!?」


 自分の影に異変を感じたセラフィーナ。

 それが何を示しているかを理解しているため、特に慌てる様子はない。


「お帰りなさい。エル様」


「あぁ、ただいま」


 セラフィーナの影から、1人の人間が姿を現す。

 出てきたのはエルヴィーノだ。

 その姿を見たセラフィーナは、嬉しそうにエルヴィーノの声をかける。

 それに返事をしつつ、エルヴィーノは周囲を見渡して、ここがどこかを確認した。


「あう~!」


「……ただいま、オル」


 エルヴィーノが現れて喜んでいるのはセラフィーナだけでなく、彼女に抱かれているオルフェオもだ。

 嬉しそうに手を伸ばしてきオルフェオに対し、エルヴィーノは優しく頭を撫でてあげた。


「ギルドの訓練場……か?」


「そうです」


 周囲を見たことによる予想をエルヴィーノが述べると、セラフィーナは頷きと共に返事をした。

 エルヴィーノが言ったように、セラフィーナがいるのはイガータの町のギルドの建物の中にある訓練場だ。


「エル様の手紙通り所長に協力を求めたらここになりました」


「そうか……」


 見つけた子供たちの安全を確保するには、セラフィーナだけではいくら何でも手に余る。

 そのため、エルヴィーノはノッテに持たせた手紙で、イガータの町のギルド所長であるエヴァンドロに協力してもらうように指示していた。

 エヴァンドロ自身、子供たちを救出するといった時にいつでもギルドを頼ってくれと言っていた。

 その言葉をその通りに使わせてもらうことにしたのだ。

 エヴァンドロが協力してくれれば、子供をどうやって保護するのかはある程度予想できた。

 なので、エルヴィーノとしても転移した先がギルドの訓練場であることに、何の驚きも感じなかった。


「子供や犯人はどうした?」


「所長が信頼するA級冒険者を緊急招集して、犯人たちは地下牢に入れてあります」


 ここがどこかはもういいとして、気になるのは転移させた子供と犯人たちだ。

 子供たちのすぐ後に送った2人に続き、気絶させた4人も拘束してここに送った後、エルヴィーノは小屋に繋がれていた馬たちを森の外に逃がしてきた。

 その間に、子供と犯人たちはどうしたのだろうか。

 そのことを聞くと、セラフィーナが手短に説明してくれた。

 そもそも、ここに誘拐された子供と犯人が送られてくるなんて聞いても信用しないだろう。

 しかし、エルヴィーノが転移魔法の使い手だと聞けば話は別。

 ギルドとしても、そんな使い手を国や貴族に知られて使い潰される訳にもにもいかないから、エルヴィーノが転移魔法の使い手だと知られないように動くしかない。

 秘匿するためには、エヴァンドロの信頼できるA級冒険者に協力してもらうしかなかったのだろう。

 冒険者の中には荒くれ者も多いため、ギルドの建物の地下には牢も存在している。

 A級冒険者たちによって、犯人たちはその牢の中に閉じ込められているようだ。


「子供たちは?」


「親に連絡をし、迎えに来てもらいました」


 犯人は、今日のうちはA級冒険者の監視のもと地下牢に閉じ込めて置き、明日にはこの町の領主であるゲルボーゼ辺境伯の領兵に引き渡されることになっているそうだ。

 はっきり言って、犯人の方はもうギルドの方に任せているのでどうでもいい。

 それよりも、救出した子供たちの方が重要だ。

 その思いから問いかけると、セラフィーナは返答する。

 子供が救出されたのだから、親に返すのが当然だ。

 そのため、子供たちの親に迎えに来てもらったようだ。


「みんな泣いて喜びあっていましたよ」


「そうか……」


 数日とはいえ、誘拐・監禁された経験から、目を覚ました子供たちはエヴァンドロや冒険者たちを見て恐怖でおびえていた。

 しかし、すぐに親たちが来たことで、その恐怖から解放されたのか子供たちは大泣きしだしたそうだ。

 親たちも、我が子が無事に帰ってきてくれたことが嬉しくて、子供を抱きしめて泣き出した。

 その涙も、ギルドから家へ帰るとなったときには、親子共に笑顔になっていたそうだ。

 A級たちにお礼を言って帰って行ったそうだ。


「よかったですね?」


「そうだな」


 救出したのはエルヴィーノだが、セラフィーナはエヴァンドロにそのことは伏せるように言っておいた。

 もしもエルヴィーノが1人で救出したとなったら、どうやって子供たちや犯人をここまで連れてきたのだということが言及される。

 そうなると、転移魔法のことまで話さなければならなくなるかもしれない。

 そうならないため、今回の事件解明はエヴァンドロが招集したA級冒険者たちによるものということにした。

 エルヴィーノとしても、別に名声が欲しいわけではないため、この結果でも文句はない。


「ひとまずエヴァンドロのところに行くか」


「所長室で待つそうです」


「分かった」


 この後の口裏合わせと、町に戻ったことを伝えなければならない。

 そのため、エルヴィーノはエヴァンドロのところへ向かおうとする。

 エヴァンドロがどこにいるか分からないだろうと、セラフィーナはエルヴィーノに居場所を教える。

 それを受け、エルヴィーノはセラフィーナはから教わった通り、所長室へと向かって行った。




「おぉ! 帰ったか」


「あぁ」


 ノックをしたのち、所長室に入るとエヴァンドロが片手を上げてエルヴィーノに声をかけてきた。

 どうやら一息ついていたらしく、手元には空になったカップが置かれている。


「…………」


「あぁ、こいつらは今回の件で俺が呼んだA級の奴らだ」


「そうか……」


 所長室に入ったエルヴィーノは、ソファーに座る2人に目が行く。

 何者かと思って無言でいると、エヴァンドロが2人のことを紹介してくれた。

 緊急招集され、エルヴィーノの手柄を代わりに受け取ってくれることになった冒険者たちのようだ。


「どうも」「こんちは」


「あぁ、今回は巻き込んで悪かったな」


 見た目の30代前後の年齢と思われる男女。

 恰好からして、男性の方は剣士、女性の方は魔法使いといった感じだ。

 挨拶をしてきた2人に、エルヴィーノは急に事件に巻き込むことになったことを謝った。


「いや……」


「こちらとしてはありがたいです」


 2人からすると、むしろこちらの方が申し訳ない。

 なんだか知らないけど、急に最近有名になっていた誘拐事件を解決した、ちょっとした英雄扱いを受けることができるからだ。


「さてと、挨拶はそれぐらいにして、この後のことを話そうか?」


「そうだな」


 エルヴィーノと2人が簡単な挨拶を終えたところで。エヴァンドロが入ってくる。

 話したいことは色々あるが、それを含めて口裏合わせをしなければならない。

 そのため、全員がソファーに座り、今後のことの話し合いを始めることにした。


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