第 35 話

「海の魔物ですか……」


「あぁ」


 グラツィアーノの言葉を繰り返すように呟いたエルヴィーノ。

 それにグラツィアーノが頷く。


「うちは海産物が大きな収入になっている。それなのにこれでは、経済面に大打撃を受けることになる」


「そうですね……」


 北部が海に面しているため、このシオーマの町は漁業などによる海産物が有名だ。

 安定した経済状態も、その海産物の売買によるところが大きい。

 それが、大量の海の魔物が現れたことにより、魚介類は食い荒らされてしまった。

 それにより、漁業関係者の収入は激減している状況。

 少しでも早く近海に出現した魔物たちを討伐しない限り、この状態はまだ続くことになる。

 そうなれば、マディノッサ男爵領の経済は致命的なダメージを受けることになる。

 ここで生まれ育っているだけに、グラツィアーノの言っていることが理解できるため、フィオレンツォは相槌を打った。


「領兵や冒険者に討伐をしてもらっているのだが、なかなか数が減らなくてな……」


「それで自分にも声をかけたというわけですか?」


「あぁ」


 問題を解決するには、近海に出た魔物を退治すればいい。

 そのため、兵やギルドを使ってことに当たっているのだが、数が多いためなかなか終結しない。

 自領だけで解決するのは難しいため、周辺のギルドにも依頼を出している状況らしい。

 その一環として、グラツィアーノは冒険者になった息子のフィオレンツォにも協力を求めたようだ。


「家の船の操縦はできるだろ?」


「はい。父上に教わりましたから」


「それを使ってくれ」


「分かりました」


 海の恵みを受けて生活している貴族のため、マディノッサ男爵家には専用の船を所持している。

 家族や友人と共に、釣りやマリンスポーツを楽しむために購入したものだ

 10人まで乗れるその船を使用して、フィオレンツォに魔物の討伐に加わるように言ってきた。

 実家の一大事のため、最初から協力するつもりで帰郷した。

 そのため、フィオレンツォはすぐにグラツィアーノの頼みを了承した。


「協力してくれるのは良いが、無理するなよ?」


「大丈夫です」


「エルヴィーノ殿?」


 新人冒険者にしては良い武器や防具を装備していることからもわかるが、やはり父としてフィオレンツォのことを心配しているようだ。

 そのため、グラツィアーノはフィオレンツォにはほどほどの協力でいいと思っている。

 そのことを告げると、フィオレンツォではなくエルヴィーノが返答した。


「魔物の退治は我々がメインで行い、彼には船の操縦を重視してもらうつもりですので」


 話に割り込むような形になったが、グラツィアーノは気にする様子はない。

 なので、エルヴィーノはそうした理由を説明した。

 海の魔物と闘うのに必要なのは船だが、さすがに持っていなかったのでどうしようかと思っていた。

 しかし、フィオレンツォがいたことで、それがクリアできた。

 どんな船なのか分からないが、自分もセラフィーナも操縦なんてできない。

 そのため、フィオレンツォには操縦に専念してもらって、魔物の戦闘は自分たちが請け負う。

 そう言った意味でエルヴィーノはグラツィアーノに告げる。


「そうか……」


 グラツィアーノはエルヴィーノの言葉に、安堵したように呟く。

 手紙によってでしかないが、フィオレンツォの命を救ってくれたエルヴィーノは相当な実力を持つ冒険者だと認識している。

 エルヴィーノの全てを知っているわけではないが、彼が言うのだからきっと大丈夫だろうと何故だか思えたからだ。


「討伐次第では充分な報酬を支払おう」


「いえ、報酬はそれほど求めません」


 グラツィアーノとしては、今回の問題はできる限り早く解決したいため、多少報酬は多めに用意している。

 それも、これまで海産物の売買で得た利益があってこそだ。

 フィオレンツォの手紙の内容が本当ならば、エルヴィーノは相当な実力を持っているはず。

 それならば、相当な成果を出してくれるはずだ。

 その分の報酬を用意したというのに、エルヴィーノからは全く予想外の返事が返ってきた。


「報酬を下さるなら、この子の親の捜索の方に当てて下さい」


 グラツィアーノの言った報酬を断ったが、打算がないわけではない。

 金も欲しいところだが、それよりもオルフェオのことを解決したい。

 グラツィアーノには、フィオレンツォのことを救ったことで、オルフェオの親の捜索に協力をしてくれているように頼んでいる。

 しかし、その本気度がどれくらいなのか分からない。

 本気で親探しに協力してもらうために、恩を売っておこうという考えだ。


「そんなことでいいのなら、喜んでその子の親探しに協力しよう」


「よろしくお願いします」


 魔物退治に参加するだけで、貴族の本気の協力を得られることができるのなら申し分ない。

 確約を得られ、エルヴィーノは満足そうに頷いたのだった。






「先ずは何をしますか?」


 話し合いを終え、邸を後にしたエルヴィーノたちは、海岸に向かって歩き出す。

 そんななか、フィオレンツォはどうするのかをエルヴィーノに尋ねる。


「海に出る前に、どんな魔物がいるのかを見てみたいな」


「ならば、あの灯台に向かいましょう」


「そうね」


 出現した海の魔物を倒すためにも、どれほどの数や質なのかを見てみたい。

 少しでも安全を得るためだ。

 それならば、フィオレンツォは灯台から見れば良いと提案し、セラフィーナはそれに賛成した。


「……ありゃすごいな」


「本当ですね」


 灯台に着いたエルヴィーノとセラフィーナは、どんな魔物がいるかを見るため海を眺める。

 遠くまで眺められるように、魔力を目に集めることで視力を強化してだ。

 それによって見た結果、2人は呆れたように呟く。

 というのも、大量の魔物が出現したといっていたがその数が本当に大量だったからだ。

 領兵や冒険者たちも頑張って倒しているようだが、船を壊されたらどうしようもないため、慎重に戦闘をしなければならず、なかなか数を減らすことができないでいるようだ。


「どうしましょう?」


「せっかくだから食べられそうなのは形を残したいところだけど……」


「難しそうですね」


「そうだな」


 陸の魔物もそうだが、海の魔物も種類によっては食べることができる。

 食欲旺盛な従魔たちのため、エルヴィーノとセラフィーナとしては形を残したまま倒して手に入れたいところだ。

 しかし、そんな悠長なことをしていると、魔物を減らすのにいつまでかかるか分からない。

 そのため、2人はどうするべきかを考える。


「一気にやるか……」


「そうですね。それが良いかもしれないですね」


「えっ?」


 エルヴィーノとセラフィーナの間で、どうやって魔物を討伐するべきかが決まったようだ。

 しかし、2人の間で通じていても、何のことだか分からないフィオレンツォは、首を傾げるしかなかった。


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