第 34 話

「先ずは、領主邸に向かうか?」


「そうですね……」


 またしても影転移によって、マディノッサ男爵領の領都であるシオーマの町付近の森に到着したエルヴィーノたち。

 家を出てそれほどの期間が経過したわけでもないが、フィオレンツォは目に映る風景に郷愁を感じているようだ。

 そんなフィオレンツォに対し、エルヴィーノは手紙を出した領主邸に向かうことを提案する。

 それを受け、フィオレンツォはエルヴィーノたちを先導するように、シオーマの町に向かって歩き始めた。




「さすが領主の子息だな」


 シオーマの町に入る前の門で、フィオレンツォは一般の列に並ぼうとした。

 しかし、その様子を見ていた兵の1人が、こちらに近づいてきた。

 そして、その兵はフィオレンツォに貴族用の門から入れるように手配してくれた。

 どうやら、フィオレンツォがマディノッサ男爵家の子だということに気付いたことによる配慮のようだ。

 エルヴィーノたちもそのおこぼれに預かり、一緒に入ることができた。

 そのため、エルヴィーノは感心しつつフィオレンツォに話しかけた。


「たまたまですよ」


 領主の子ではあるが四男だ。

 成人したら町から離れる可能性は高かったため、フィオレンツォに兵の知り合いは少なかった。

 先程話しかけてきた兵は、その少ない中の1人だ。

 彼が今日、たまたま門番の仕事をしていたからすんなり入れたが、もしも非番だったらこうはいかなかっただろう。

 そのため、フィオレンツォはエルヴィーノの言葉に首を横に振って返答した。


「それより、師匠はシオーマの町に来たことがあったのですね?」


「まあな」


 エルヴィーノの影転移は、行ったことのある場所にしか転移できないという話だった。

 なので、近くの森に転移できたということは、この町に来たことがあるということだ。

 フィオレンツォがそのことを尋ねると、エルヴィーノは頷く。


「シカーボの町から一番近い海の町だからな。海産物を食べたくなった時のためにたまに来ているぞ」


「お肉ばかりじゃ、さすがに飽きますからね」


「そうだったのですか」


 シカーボの町では、魔物を倒せば簡単に肉を手に入れることができるが、魚介類などは購入しないと手に入らない。

 魚介類を食べるなら新鮮な方が良いため、エルヴィーノは一番近いこの町に来れるようにしておいたのだ。

 セラフィーナが言うように、肉好きなメンバーがそろっているといっても、時には魚を食べたいときというのはあるからだ。

 

「あそこです」


「おぉ、やっぱり領主邸だ。大きいな」


 フィオレンツォの案内で町の中を進んでいくと、一際大きな家が見えてきた。

 その家が領主邸のようだ。

 自分たちが住んでいる家とは比べられないほどの大きさに、エルヴィーノは感嘆の声を上げた。


「お帰りなさいませ。坊ちゃま」


「レミージョ……」


 領主邸の門の前に来ると、初老の執事が立っていた。

 レミージョと呼ばれたその執事は、頭を下げてフィオレンツォを迎えた。 


「こちらは私が冒険者としての指導を受けている方たちだ。今回の件でご協力頂けることになった」


「かしこまりました。どうぞ中へお入りください」


 手紙を読んで、少しでも協力をしたくて帰ってきた。

 そして、フィオレンツォはエルヴィーノたちという強力な助っ人を連れてきたことをレミージョに伝える。

 それを受け、レミージョは領主邸の門を開け、中へ入るよう促した。


「あのレミージョさんて人、門の前にいたけど、どうして分かたんだろう?」


「門番から連絡が入ったのでしょう」


「なるほど」


 門から邸の玄関までの道のりを歩く中、セラフィーナはエルヴィーノにふと気になったことを問いかける。

 フィオレンツォが連絡を入れたわけでもないのに、門の前で待ち受けるように立っていたことだ。

 その問いに対し、エルヴィーノではなくフィオレンツォが返答した。

 町に入るための貴族門が使用された時は、門番から邸に連絡が取れるようになっている。

 突然の来訪客でも、できる限りの歓待をする準備や心構えをするためだ。

 その説明を受け、セラフィーナ同様気になっていたエルヴィーノは納得した。






「帰ってきてくれたのかフィオレンツォ。すまんな」


「いいえ」


 レミージョによって応接室らしき部屋に招かれ、少しの間ソファーに座って待っていると、壮年の男性が部屋に入ってきた。

 それに気づいたエルヴィーノたちは、ソファーから立ち上がる。

 その男性がソファーに座り、手で合図をしたため、エルヴィーノたちは会釈をしたのち再度ソファーへと座った。

 そして、その男性はすぐにフィオレンツォに声をかける。

 顔を見てすぐに分かった。

 その男性が、フィオレンツォの父であるマディノッサ男爵であるということを。


「初めまして。息子のフィオレンツォが世話になっている。マディノッサ男爵家当主のグラツィアーノだ」


「初めましてマディノッサ男爵様。私はエルヴィーノと申します」


「初めましてセラフィーナです」


 親子の会話がいったん止まったところで、マディノッサ男爵のグラツィアーノが挨拶をしてきた。

 それに対し、エルヴィーノとセラフィーナはソファーから立ち上がり、頭を下げてに挨拶を返した。


「フィオレンツォからの手紙で報告を受けたのが、その子ですかな?」


「はい。オルフェオと言います」


「そうか」


 エルヴィーノは、フィオレンツォに手紙を出してもらい、オルフェオのこと協力してもらうようにグラツィアーノに頼んでいた。

 その手紙をちゃんと読んでくれていたらしく、グラツィアーノはエルヴィーノの胸に抱かれたオルフェオのことを尋ねる。

 それを受け、エルヴィーノはオルフェオのことを紹介した。


「お疲れのようですね?」


 互いの自己紹介が済んだところで、フィオレンツォがグラツィアーノに問いかける。

 その言葉通り、グラツィアーノの表情にはどこか疲労の色が見て取れる。


「あぁ、少々面倒なことになっていてな……」


 手紙に書かれていた、シオーマの町に起きている問題解決が難航しているようだ。

 

「何が起きているのですか?」


「……近海に魔物が溢れているんだ」


 グラツィアーノの返答を受け、フィオレンツォは手紙に書かれていた問題の詳細を聞くことにした。

 それに対し、グラツィアーノは少し間をおいてこの町に起きている問題を説明し始めた。


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