第 36 話

「これです」


「へぇ~、良い船だな」

 

 シオーマの町の近海に出現した大量の魔物たち。

 フィオレンツォの父でこの町の領主であるグラツィアーノ男爵との話し合いにより、エルヴィーノたちはその討伐を行うことになった。

 灯台から魔物たちの様子を見た後、エルヴィーノとセラフィーナの間では何かを決めたらしい。

 そして、魔物の近くに向かうため、フィオレンツォに船まで案内してもらった。

 フィオレンツォの案内を受けて紹介された船を見て、エルヴィーノは感心したように声を上げた。

 貴族の船ということもあり、豪華さを重視した船を想像していた部分もあったが、そんなこともなく、機能性のしっかりした船だと見受けられたからだ。


「帆船としての基本的機能と、魔石や魔力による加速や方向転換もできます」


 多くの船が、風を利用して進む帆船が基本的な性能になっている。

 港から近い場所での漁をする船ならば必要ないが、離れると魔物と遭遇するk脳性がある。

 そのため、遭遇した時のために急な加速や方向転換が求められる。

 フィオレンツォの説明だと、この船にはその機能も装備されているらしい。


「とはいっても、長時間の使用は無理でしょうが……」


「それは大丈夫だろう」


「……そうですか」


 魔石、もしくは魔力による加速や方向転換をするには結構な量が必要となるため、長時間の連続使用は厳しいらしい。

 フィオレンツォの説明に対し、エルヴィーノは気にする様子なく返答した。

 それを聞いて、フィオレンツォは頷く。

 何故なら、灯台でエルヴィーノたちが交わしていた話を思い出したからだ。


「海の魔物との戦闘も得意なのですか?」


 エルヴィーノたちは、灯台から魔物の様子を見たとき、「一気にやる」と言っていた。

 つまり、魔石・魔力による加速や方向転嫁を、たいして使用することなく魔物の数を減らすつもりなのだろう。

 結構の数の領兵や冒険者たちが魔物討伐をしているが、なかなか数を減らせないでいるという話だ。

 それなのに、エルヴィーノたちはそれほど難しくなさそうに話していたことから、それだけ陸の魔物同様に海の魔物の討伐も得意なのだろうかとフィオレンツォは思った。


「そうだな、戦い方は色々あるな……」


 得意かと聞かれたら特別得意というわけではないが、逆に不得意というわけではない。

 というのも、それだけ戦闘に使える手をいくつも持っているからだ。

 そのため、エルヴィーノは若干曖昧な返答をした。


「そうだ! フィオレンツォのためにも、水属性の魔法を使用したらどうですか?」


「そうだな。それは良いかもな」


 戦い方の話になり、セラフィーナはあることを思いついた。

 フィオレンツォの指導をしているのだから、彼の属性魔法である水属性の魔法を使用してエルヴィーノが魔物との戦闘を末う見本を見せることを提案してきた。

 それを聞いたエルヴィーノは、名案と言わんばかりにセラフィーナの提案に賛成した。


「えっ? 水属性ですか?」


「あぁ、見ておいて損はないはずだ」


 元々、水属性は攻撃力のある魔法ではない。

 しかも、海の魔物が相手となると、防御以外で利用できるとは思えない。

 そのため、フィオレンツォは予想外の会話に、思わず疑問の声を上げた。

 そう思う気持ちも分からなくないため、エルヴィーノは自信ありげに返答した。


「フィオレンツォが水属性なのも、この土地柄だろうな」


「えっ? そういうものなのですか?」


 出港前、潮風に当たっていたエルヴィーノはふと思ったことを呟く。

 何故自分が水属性なのかの理由を知り、フィオレンツォは驚きと共に問いかけた。

 

「あくまでも俺の経験による考えだが、代々住んでいる場所によって、そうなる傾向にあるんだ」


 使える属性は生まれたときに決まっていて、両親や祖父母の属性を受け継ぐことが多いというのが通説だ。

 しかし、両親や祖父母が持っていない属性を持つ子が生まれたりする。

 その理由は、先祖返り、もしくは浮気によるものだと思われてるが、それでは説明がつかない場合がある。

 エルヴィーノは、その要因に環境がかかわっているのではないかと考えた。

 その考えの通り、両親からの遺伝に加え、環境によって属性が決まることが高い傾向にあると分かった。

 ただ、それはあくまでもエルヴィーノの考えであり、証明されていないため世間には広まっていない。


「なるほど。兄弟全員水属性なのもその理由からなのかもしれませんね」


「そうだな」


 マディノッサ男爵家の4兄弟は、全員水属性だ。

 父も祖父も水属性。

 その遺伝によるものなのだと思っていたが、母の土属性を受け継ぐ子がいなかったというのが少しだけ疑問だった。

 しかし、エルヴィーノの考えが正しいとするならば、そうなったのも納得できる。


「話はここまでにして、そろそろ行こうか?」


「はい!」


 いつまでも話している場合ではない。

 目的である魔物討伐を果たすために、エルヴィーノはフィオレンツォに船を出すように促した。

 それに従うように、フィオレンツォは返事をする。


「何かすることあるか?」


「いいえ、大丈夫です」


 知られないようにしているが、エルヴィーノはダークエルフのため、見た目に反して長い年月を生きている。

 そのため、船の操縦をした経験もある。

 今回の船の操縦はフィオレンツォに任せているが、出航するために手伝うことはないか問いかける。

 エルヴィーノの申し出に対し、フィオレンツォ首を左右に振って断った。

 父のグラツィアーノに教わった言っていたが、その言葉通り、フィオレンツォはてきぱきと出航のための準備を進めて行った。


「これだけあれば大丈夫だろう」


 この船もある意味魔道具であり、収納スペースに入れた魔石の内包する魔力を使用することで加速・方向転換をすることができる。

 エルヴィーノは余裕そうだが、念のため魔石を多めに入れておいた方が良いだろうと考え、フィオレンツォは船の舵輪(ハンドル)の側にある収納スペースに魔石を多めに入れた。

 これでもしもの時に逃げきれなければ、あとは魔石の代わりに自分の魔力を流し込むしかない。


「それでは出航します!」


 あくまでも魔石や魔力による加速・方向転換は緊急時用なので、フィオレンツォは帆を張る。

 その帆で風をとらえたフィオレンツォは、船を出航させた。


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