第 28 話
「あんたがフィオレンツォ?」
両手を腰に当て、セラフィーナはずいっとフィオレンツォに近づく。
その表情は、立腹しているといった感じだ。
「えっ? あ、はい……」
セラフィーナに睨まれ、フィオレンツォは返事をしつつ顔を背け、体を引く。
不機嫌そうなセラフィーナに気圧されたというのが半分。
美形のセラフィーナの顔が近いため、凝視できないというのが半分といったところだろう。
「エル様に教えを請おうなんて、いくら貴族子息でも厚かましいわね」
昨日約束した通り、エルヴィーノはオルフェオに関する情報が入ってくるまでの間、フィオレンツォの指導をすることにした。
そのことをセラフィーナに伝えると、何故かついてきた。
フィオレンツォがどんな顔をしているのかを確認するためについてきたのかとも思っていたが、どうやら文句を言うためについてきたようだ。
文句というより、いちゃもんに近い気もするが。
「えっと……」
少し距離を取ることで気持ちを落ち着かせるが、誰だかも分からない美女に敵対心を抱かれ、フィオレンツォはどうしていいか分からないといった様子だ。
「あの、こちらどなたですか? 師匠」
「師匠って……」
フィオレンツォの質問はもっともだ。
この町に来て間もない新人冒険者のフィオレンツォからすると、セラフィーナのことなんて知らないのだろう。
エルヴィーノのことも知らなかったのだから。
その質問に答えたいところだが、その後に続いた発言により、エルヴィーノは言葉に詰まる。
いつの間に師匠と呼ぶことにしたしたのだと、ツッコミを入れたいところだ。
「あぁ! 師匠の奥様ですね?」
エルヴィーノとセラフィーナを交互に見て、フィオレンツォは2人の関係性に思い至った。
赤ん坊と仲良さそうな2人。
オルフェオはエルヴィーノの子供ではないといっても、その3人の姿が何だかしっくり来た。
そのことから、彼らは家族なのだろうと考えたのだ。
家族というならこの女性は、となると、エルヴィーノの奥さんなのだろうと連想したようだ。
「……あなた見込みがあるわ。特別に許すわ」
「おいっ!」
エルヴィーノの奥さん。
完全に勘違いなのだが、セラフィーナはそのように受け取ったフィオレンツォの肩を叩いて笑みを浮かべる。
さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいだ。
そして、先ほど言っていたいちゃもんを取り下げた。
その態度の豹変もそうだが、勘違いを否定をしないことに、エルヴィーノは思わずツッコミを入れた。
「こいつはセラフィーナ。う~ん……」
密かに嘆息した後、エルヴィーノはフィオレンツォの勘違いを訂正することにした。
しかし、いざセラフィーナとの関係を考えたところ、エルヴィーノはどう言うべきなのか悩む。
「ただの同居人だな」
「はあ~……」
少し考えた後、エルヴィーノが出した答えはこれだった。
ただ、その答えを聞いたフィオレンツォは、若い男女が一緒に住んでいる時点で、夫婦と言っていいのではないかと思った。
しかし、エルヴィーノがそれを認めていないため、フィオレンツォはツッコまないことにした。
「それより……」
いつまでもこの話をしていては、ただの時間の無駄。
そう感じたエルヴィーノは、話を変えることにした。
「お前を指導する前に、選択肢を与える」
今日待ち合わせたのは、フィオレンツォが強くなるよう指導するためだ。
その指導をする前に、エルヴィーノは聞いておかなければならないことがあった。
「短期か長期、強くなるにはどちらが良いかという2択だ」
「えっ……?」
選択肢と聞いてどんなものかと思っていたら、エルヴィーノからのまさかの問いに、フィオレンツォは首を傾げる。
その2択なら、どっちを選ぶかなんてわかりきっていること。
それなのに、なんでわざわざ聞いてきたのか分からないからだ。
「当然だが、短期の場合はかなりハードだ」
「……なるほど」
付け足された言葉で、ようやく選択しなければならない意味を知った。
すぐに強くなれるなら短期の方が良いが、それ相応の苦労をしなければならないと考えると、どちらを選ぶべきか悩まされる。
「え~と、じゃあ、短……」
「やめときなさい!」
「えっ?」
昨日のことで自分の無力さを痛感したこともあって、フィオレンツォは少しでも早く強くなりたい。
ハードと言ってもどこまでハードなのか分からないが、フィオレンツォはやはり短期を選ぼうとした。
それを、セラフィーナが遮った。
どうしてなのか分からず、フィオレンツォは思わず呆けてしまった。
「エル様の言うハードは、あなたが想像した倍…いえ、3倍はきついわよ」
「3倍……」
ハードと聞いてある程度予想したが、セラフィーナの言葉を聞いて背筋がぞっとした。
そのため、フィオレンツォはもう一度どちらを選ぶべきか思考することになった。
「そ、それでも短期で!」
「……わかった」
想像の3倍と言われてもどれほどハードなのか分からない。
分からないからこそ恐ろしくもあるが、やはり少しでも早く強くなりたい。
そう考えたフィオレンツォは、言葉を詰まらせつつも短期の方を選択した。
「あ~ぁ……」
自分もエルヴィーノの指導を受けたからこそ強くなれた。
だからこそ、そのキツさを理解している。
そのため、フィオレンツォにじっくり考えるように促したのだが、結局短期を選んでしまったことに、セラフィーナは呆れたように声を漏らした。
「じゃあ、行こうか?」
「えっ? どこへ……」
フィオレンツォの選択を聞いて、エルヴィーノはさっそく行動に移る。
ギルドで待ち合わせたというのに依頼を受けるわけでもなく、建物から出るよう促される。
そのまま町の外へと出るために門へと向かっているエルヴィーノの背中を追いながら、フィオレンツォは行き先を尋ねた。
「恐らくあそこね……」
一緒に移動していることから、どうやらセラフィーナも付いてくるつもりのようだ。
そのセラフィーナは、行き先に思い当たることがあるらしく、小さく呟いた。
「ヒアーサの町、その南にあるダンジョンだ」
町を出たところで、エルヴィーノは先ほどの質問の答えを返す。
目的地は、先日セラフィーナと共に潜ったヒアーサの町のダンジョンだ。
他の者に見られないように、シカーボの町近くの森に身を隠したエルヴィーノは仲間たちを連れてヒアーサの町近くの森に影転移をしたのだった。
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