第 29 話

「なっ!? 何が……」


 何が起きたのか分からず、フィオレンツォは戸惑いながらキョロキョロと周囲を見渡す。

 影の中に吸い込まれたと思ったら、いつの間にか見たことがない場所に移動していたからだ。


「影転移だ」


「転移!?」


 フィオレンツォの反応を見て、エルヴィーノは疑問を解消するために短く説明する。

 しかし、その説明を聞いて、フィオレンツォは驚きの声を上げる。

 何故なら、転移の魔法を使える人間なんて、世界でも一握りの人数しかいないと言われているからだ。

 その一握りの中の1人に会うことができるなんて、思ってもいなかったからだ。


「言いふらすなよ」


「わ、分かりました」


 驚きで言葉が出ないでいるフィオレンツォに、エルヴィーノは念のため口止めをしておく。

 転移魔法の使い手だと知られれば、その力を利用しようと有象無象の連中が寄ってきて、余計なトラブルに巻き込まれかねない。

 そのことが分かっているため、フィオレンツォは口止めを受け入れた。


『まぁ、話しても大丈夫だけどな……』


 いくら口止めをしても、エルヴィーノが転移魔法を使えることがバレる場合はあるだろう。

 しかし、そうなったとしても、それに対処できる実力はあるつもりだ。

 そのため、エルヴィーノは心の中で、バレても問題ないだろうと考えていた。


「転移したということは、あそこがヒアーサの町ですか?」


「あぁ、そうだ」


 遠くに町が見える。

 町を取り囲むようにそびえ立っている防壁の形からして、シカーボの町ではないことは分かる。

 転移する前、エルヴィーノはヒアーサの町とに行くと言っていた。

 そのことから、フィオレンツォはその町をヒアーサの町なのだと判断して問いかける。

 その問いに、エルヴィーノは頷きつつ返事をした。


「さっそくダンジョンに向かうぞ」


「はい」


 ダンジョンに行くと決めていたため、食料はシカーボの町を出る前に購入してある。

 そのため、わざわざヒアーサの町に寄るようなことはせず、エルヴィーノはこのままダンジョンに向かうことを告げ、フィオレンツォはそれに返事をした。






「さて、ここからだが……」


「はい……」


 ダンジョンに到着して中に入ると、エルヴィーノはここから先のことを話し始める。

 どんな訓練を行うのかと、フィオレンツォは固唾を呑んで待った。


「1人で戦え」


「……えっ?」


 どんなことを言うのかと思っていたら、エルヴィーノから出た指示はたったこれだけだった。

 あまりにも短い指示に、フィオレンツォは「それで終わり?」と問いかけたい気持ちでいっぱいだった。


「俺やセラフィーナは当然のこと、従魔たちも手は貸さない」


「で、でもそれじゃあ……」


「当然危険と判断した時は助けに入るが、ギリギリまで手出しはしないと思え」


 ダンジョン内には色々な魔物が出現する。

 まだ登録したばかりの新人冒険者の自分が、たった1人で戦うなんて危険すぎる。

 それなのに、エルヴィーノたちが手を貸してくれないなんて、自殺行為に近い。

 そう考えたフィオレンツォが反論しようとしたところで、エルヴィーノは続きの言葉を被せてきた。


「荷物は預かっておく」


「は、はい……」


 1人で魔物と戦うのだから、荷物を背負っていては邪魔になる。

 そのため、エルヴィーノはフィオレンツォから背負っているリュックサックを受け取り、魔法によって影の中に収納した。


「安心しろ。このまま持ち逃げしないから」


「は、はぁ……」


 本当に1人で戦わなければならない様子に、フィオレンツォは戸惑ったままだ。

 昨日、フィオレンツォは罠に嵌められ荷物を奪われ、エルヴィーノがその荷物を取り返した。

 その自分が、まさか機能に引き続き荷物を持ち逃げするわけがないのは分かり切ったこと。

 戸惑いを紛らわせるために冗談を言ったエルヴィーノだったが、フィオレンツォの耳には全く入っていないようだ。


「……スベッてますよ。エル様……」


「うるさいよ」


 冗談は聞き流され、エルヴィーノには冷たい空気が流れた。

 完全にスベッた状態だ。

 その様子を側で見ていたセラフィーナは、にやけながら呟く。

 傷口に塩を塗るようなセラフィーナのツッコミに、エルヴィーノは恥ずかしそうに文句を返した。


「……来るぞ」


「えっ?」


 フィオレンツォに先頭を歩かせ、エルヴィーノたちは後ろをついて歩く。

 どこから魔物が出てくるか分からないからだろう。

 フィオレンツォの足取りは重く、かなりのスローペースで先へと進んでいく。

 そんななか、黙っていたエルヴィーノが口を開く。

 それが何を意味するのか分からず、フィオレンツォは首を傾げる。


「ゲゲッ!」


「ゴブリン!?」


 魔物の出現によって、フィオレンツォは先ほどエルヴィーノがした発言の意味を理解する。

 現れたのは1体のゴブリンだ。

 その姿を見た瞬間、フィオレンツォは剣と盾を構えた。


「初心者向けで良かったな。そいつ1体くらい倒せないと話にならないぞ」


「は、はい!」


 身長130cmほどの小鬼のゴブリンが1体。

 大繁殖したゴブリンの相手となると面倒だが、たった1体となると難易度はとても低い。

 それこそ、エルヴィーノが言うように、新人冒険者が初めて相手にするには丁度いい相手と言っていい。


「ゲギャ!」


「っと!」


 こん棒と言うほどではないが、ゴブリンは少し太めの木の棒を使って殴りかかってきた。

 ゴブリンの知能が低いからだろう、何の小細工もないその攻撃を、フィオレンツォは難なく盾で受け止めた。


「このっ!」


「ギャ!!」


 ゴブリンの攻撃を防いだフィオレンツォは、右手に持つ剣で斬りかかる。

 攻撃をしたばかりで体勢が崩れていたゴブリンは、フィオレンツォの攻撃を防ぐことができず、袈裟斬りにされた。

 それによって倒れたゴブリンは、大量の血を流して動かなくなった。


「よし。次だ」


「は、はい」


 初めての勝利に安堵したフィオレンツォ。

 しかし、その僅かな間で、エルヴィーノはゴブリンの体内から魔石を取り出していた。

 そして、休憩を取ることなく、フィオレンツォに先へ進むよう促した。

 その指示に従うしかないフィオレンツォは、返事をしてまた先頭を歩き出した。


「……セラフィーナ」


「はい?」


 真面目な性格からか、フィオレンツォは初めての勝利にも浮かれることなく慎重に先へと進む。

 その様子を見て、エルヴィーノはセラフィーナに声をかけた。


「お前は先に行っててもいいんだぞ」


「う~ん。じゃあ、ちょっと行ってきます」


 師匠と呼ばれていることもあり、エルヴィーノはフィオレンツォから目を離すことはできない。

 しかし、セラフィーナは自分たちに付いてきているだけだ。

 何もしないでダンジョン内を歩いているだけでは、彼女にとっては暇しかないだろう。

 そう思ったエルヴィーノは、従魔のリベルタと共に先へ進んで魔物退治をすることを勧める。

 彼女の実力を理解しているあらこその単独行動の勧め。

 エルヴィーノに自分の実力を認められていることを嬉しく思いつつ、確かに暇だったセラフィーナは、フィオレンツォを追い抜いてダンジョンの奥へと向かって行った。


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