第 19 話
「……っで、事件解決から3日もダンジョンに潜っていたと?」
「あぁ……」
対面のソファーに座るシカーボの町のギルド所長のトリスターノは、エルヴィーノに問いかける。
トリスターノが言ったように、エルヴィーノとセラフィーナはボルグーゼ男爵の子供であるクレシェンツィオの救出成功をしてから、ヒアーサの町のダンジョンへと向かった。
そして、誘拐犯たちをもう少し痛めつけてから仕留めたかったという思いから、魔物を相手に憂さ晴らしをしてきた。
その憂さ晴らしに3日も使用したことに、トリスターノは長いと言いたいのだろう。
エルヴィーノとしても、オルフェオを連れているのに3日もダンジョン生活するなんてやり過ぎたという思いがあるため、トリスターノの問いに言いにくそうに返答した。
「ボルグーゼ、ドンボーの両男爵から事件解決の報奨金がギルドに振り込まれた。まずはそれを受け取ってくれ」
「了解」
身分証として使えるギルドカードだが、キャッシュカードとしての機能も有している。
そのため、エルヴィーノはギルドカードをトリスターノに渡す。
カードを受け取ったトリスターノは、いったん所長室から出て行った。
恐らく、受付の職員にカードへの振り込みを指示しに行ったのだろう。
「次はこれだな」
「んっ? 討伐依頼?」
室内に戻ってきたトリスターノは、次に執務用の机から書類を持ってきた。
エルヴィーノは、それを受け取り目を向ける。
すると、そこに書かれていた内容に疑問の声を上げる。
つい先日討伐依頼を行ったばかりだというのに、また来るなんて以外に思ったからだ。
「あぁ、なんでもオルソ・グリージョが出たらしい」
「へぇ~、珍しいな。オルソ・グリージョが町に近づくなんて……」
依頼内容は、オルソ・グリージョ(灰色熊)の討伐だった。
魔物の中でもC級のランクの魔物だ。
基本的には、このシカーボの町の近くの森を少し奥まで入ったところを住処にしていることが多い。
そのため、エルヴィーノはオルソ・グリージョが町に接近していることを意外そうに呟いた。
「先日の一角兎が原因だろう」
「……あぁ、なるほど……」
オルソ・グリージョが町に近づいた理由、
トリスターノは、それを短い言葉で説明した。
それを受け、エルヴィーノは少し考えるとその意味を理解した。
大量発生した一角兎。
先日、エルヴィーノが指揮して多くの冒険者と共に討伐した魔物だ。
それを餌にしていたオルソ・グリージョが、一角兎を探し動き回っていたら町に近くまで来てしまったということだろう。
「この町の冒険者の質を考えると、お前に任せるのが一番安全だろ?」
「まぁ……、そうだな」
エルヴィーノたちが拠点としているシカーボの町は、このカンリーン王国の中でも平和な町として知られている。
隣国から攻め込まれてもすぐに被害を受けるような位置でもないし、町の近くにそれほど強力な魔物が出ないためだ。
そのせいか、この町で冒険者を始める者が多い。
つまりは、初心者冒険者の町といった感じだ。
初心者が多いため、オルソ・グリージョを怪我をすることなく討伐できるような人間となると、エルヴィーノかセラフィーナあたり一番無難だ。
頼られて気分は悪くないため、エルヴィーノはトリスターノの言葉を素直に受け入れた。
「ゴブリンでも食ってろよ」
「魔物にも味覚はあるからな」
ボルグーゼ男爵の件を解決したことで結構な報奨金を得たし、憂さ晴らしに3日こもったダンジョンで大量の魔物を倒して得た魔石を売ったことでも結構な額を手に入れた。
それを使えば、しばらく仕事をしなくても生活できる。
そのため、オルフェオの面倒を見てのんびりしていようと思っていたのだが、自分の意図しない仕事をしなければならないことに、エルヴィーノは思わず愚痴る。
餌が欲しいなら、一角兎と同じく繁殖力の高いゴブリンを標的にしてくれれば良かったのにと。
それに対し、トリスターノは仕方なさげに返答する。
エルヴィーノの従魔であるノッテたちもそうだが、魔物も不味いものより美味いものを食べたいもの。
そのため、臭くて不味いであろうゴブリンよりも、一角兎を求めるのは仕方ないだことだ。
その一角兎の味を覚えてしまったために、そのオルソ・グリージョも町に近づくことになってしまった。
そおオルソ・グリージョにとっては不運だが、ついていないとあきらめてもらうしかない。
「オルフェオの方はどうだ? 誰か来たか?」
オルソ・グリージョの討伐依頼を受け入れたエルヴィーノは、続いてオルフェオのことについて話題を変えた。
ボルグーゼ男爵の件にかかわったのも、もしかしたら誘拐されたのがオルフェオのことかもしれないと思ったからだ。
しかし、そんなこともなく。
もしも留守中にオルフェオを置いて行った者が引き取りに来た時のために、家のドアには「用の際にはギルドを通してくれ」というサインプレートを掛けておいたのだが、ギルドには誰か来なかったかを尋ねた。
「いや、誰も来てない」
首を左右に振り、返答するトリスターノ。
どうやら、留守中にオルフェオを引き取りに来るようなものはいなかったようだ。
「赤ん坊関連の事件はあったか?」
「いまいちだな。貴族の赤ん坊に関連した事件なんて、そうないだろ」
「それもそうだな」
置いて行った人間が転移して家の前からいなくなったことを考えると、オルフェオは貴族の子である可能性が高い。
しかし、トリスターノにシカーボ周辺の町の貴族たちのことを調べてもらったが、それらしい事件は見つからないようだ。
貴族の子がいなくなったとならば、当然騒ぎになるもの。
ボルグーゼ男爵の件がたまたまだっただけで、そんな事件が頻繁に起こっているわけがない。
そのため、エルヴィーノはトリスターノの言葉に頷いた。
「そういや、セラフィーナは?」
「金も手に入ったし、魔力ポーションを買いに行くって言っていたよ」
「あっそ」
セラフィーナがエルヴィーノに好意を持っていることは、トリスターノも分かっている。
そのため、いつも一緒に行動していることが多いのだが、今日は一緒にいない。
そのことが気になったトリスターノが雑談として問いかけると、エルヴィーノはすぐに返答した。
ダンジョンで資金を得たことで、セラフィーナは予定通り魔力ポーションの補充をしに薬屋へ向かった。
なので、今日は一緒にいないのだ。
それを聞いたトリスターノは、納得したように頷いた。
「じゃあ、行くか」
「あう~!」
「……まあいいか」
被害が出てからでは遅い。
そう考えたエルヴィーノは、今からオルソ・グリージョの討伐へ向かうことにした。
今日もオルフェオを抱っこしたまま行くなんてと言いたいところだが、彼の実力ならば問題ないと分かっているトリスターノは、ツッコミを入れるのをやめた。
そして、部屋から出ていくエルヴィーノの背中を見送ったのだった。
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