第 20 話

「たしか、この辺だな……」


 エルヴィーノは、ギルド所長のトリスターノからオルソ・グリージョの討伐を依頼された。

 オルソ・グリージョが町近くに出現した理由は、恐らく数日前の大繁殖した一角兎の討伐が原因。

 その一角兎を倒した周辺に、オルソ・グリージョの巣がある可能性が高い。

 そう考え、エルヴィーノは森の中を進んでいく。


「あう~!」


「元気だな……」


 エルヴィーノが森の中を進んでいると、鳥や動物に興味を惹かれたからか、抱っこ紐によって胸に抱かれているオルフェオがなんだか楽しそうな声をあげる。

 家の前に置かれてから面倒を見始めて思ったのだが、オルフェオはあんまり泣かない。

 ミルクやオムツの交換を求めて泣くこともあるが、それ以外では夜泣きも少なく、とても手間がかからない。

 こういった森の中に入っても、ぐずるどころか楽しそうにしている。


「オル。お前もしかしたら大物になるのかもな」


「あう?」


 物事に動じない。

 修羅場を乗り越えるためには必要な能力だ。

 そういった部分は、貴族の子供の可能性の高いオルフェオには必要になる場面があるはず。

 しかし、そういった得ようと思ってもなかなか得られないものを、オルフェオはすでに持っているのかもしれない。

 そう考えると、もしかしたら将来、オルフェオが貴族社会でのし上がれるのではないかとエルヴィーノは思えてきた。

 そんなエルヴィーノの言った言葉を理解できていないのか、オルフェオは小さく首を傾げた。


「ホ~!」


「おっ!」


 ノッテの鳴き声が聞こえる。

 それが聞こえた方向を見ると、少し離れた樹の枝の上にいた。

 そして、ノッテはエルヴィーノと視線が合うと、左の方向に顔を向けた。


「あっちか」


 小さく呟くとともに、ノッテが顔を向けた方向へと歩き始めるエルヴィーノ。

 ノッテはグーフォと呼ばれる魔物で、空を飛ぶことができる。

 そのため、エルヴィーノは上空からオルソ・グリージョの居場所を見つけてもらっていたのだ。


「おっ! いた、いた」


 ノッテの案内を受けて森の中を進んでいると、遠くからガサガサと葉がこすれる音が聞こえた。

 その音がした方向に目を向けると、標的となるオルソ・グリージョの姿が見えた。


「ガッ! ガッ!」


「……食事中か?」


 樹に身を隠してオルソ・グリージョの様子をうかがうと、何かの肉を食っているのが見える。

 よく見てみると、鹿の魔物を食べているようだ。


「チッ! 折角の鹿肉を……」


 オルソ・グリージョが鹿の魔物の肉を食べていることが分かると、エルヴィーノは思わず舌打ちをした。

 一角兎の肉もそうだが、エルヴィーノは鹿肉も好きだ。

 その鹿肉を食い散らかしているのを見せられて、若干イラっとしたからだ。

 今にも「そんな風に食うのなら、俺が調理して食った方がしかも喜ぶってもんだろ!」とオルソ・グリージョに文句を言いに行きたいところだ。


「ガウッ?」


「んっ? ジャンがやりたいのか?」


「ガウッ!」


 依頼達成のために、さっそくオルソ・グリージョを始末しようとエルヴィーノは腰の鞘から剣を抜く。

 そんなエルヴィーノに、従魔のジャンが声をかける。

 従魔契約をしているからあろう、言葉は分からなくても何となく言いたいことが分かる。

 その様子は、オルソ・グリージョを倒す役割を自分がやりたいということだ。


「……う~ん。あの熊の肉も食えるからな。悪いが今回は俺がやる」


 食いかけの鹿肉はさすがに手を出したくないが、オルソ・グリージョの肉は美味そうだ。

 ジャックオランタンであるジャンは、爆発系の魔法が得意だ。

 そのため、オルソ・グリージョの肉を傷めずに倒すということは少々難しい。

 なので、エルヴィーノはジャンの頭を撫でて、その申し出を断った。


「ガウゥ……」


 断られたジャンは残念そうに声を漏らした。

 主人であるエルヴィーノの役に立ちたいという思いと、強そうな魔物と闘ってみたいという思いからの申し出だったが、それが断られたからだ。


「そう落ち込むな。美味い熊肉料理食わせてやるから」


「ガウッ!!」


 落ち込んだジャンを、エルヴィーノは慰める。

 すると、美味い熊料理と聞いて、ジャンはすぐに表情が明るくなる。

 単純だが、簡単に切り替えられるのはジャンのいいところだ。


「さて、いくか……」


「グルッ!?」


 自分でやることを決めたエルヴィーノは、身を隠していた樹から出て、ゆっくりとオルソ・グリージョへと近づいていった。

 音を立てることも気にせず近づいているため、すぐにオルソ・グリージョに気づかれる。

 食事を止めたオルソ・グリージョは、エルヴィーノの方へ視線を向けて身構えた。


「よ~し、よし。かかってこい」


「グルルル……」


 気づかれたエルヴィーノは、足を止めることなくオルソ・グリージョを煽るように手招きする。

 エルヴィーノの態度から舐められていると分かったらしく、オルソ・グリージョは唸り声を上げて、今にも襲い掛かりそうな体勢を取った。

 別に、エルヴィーノは舐めているから手招きしたのではない。

 本来なら、一気に接近して斬り倒せるのだが、今日はオルフェオを抱っこしている。

 そのため、オルフェオになるべく振動を与えないようにするのなら、自分から近付くよりも敵に近づいてもらった方が良いからだ。


「ガアァーー!!」


「フッ!!」


 前傾姿勢からの急接近。

 そして、その勢いを利用したままの爪による攻撃。

 新人冒険者なら、あまりの速さに何が起きたのかもわからずに大怪我、もしくはあの世行きになっていただろう。

 しかし、エルヴィーノにはこの程度の速度は脅威にならない。

 斜めに振り下ろされた爪攻撃を、体を僅かに横へと動かすだけで回避した。


「じゃあな!」


「ッッッ!!」


 オルソ・グリージョからすると、躱されるなんて思いもしない全速力の攻撃。

 しかし、それを躱してしまえば、エルヴィーノとしては攻撃後で隙だらけ。

 その隙を逃すわけもなく、エルヴィーノは手に持つ剣を横なぎに振る。

 それによって、オルソ・グリージョの首が飛び、血が噴き出す。

 オルフェオにその血をかけるわけにはいかないため、エルヴィーノは剣を振ってすぐに距離を取っていた。


「思ったより大きかったな。一角兎を食いまくってたのか?」


 倒れたオルソ・グリージョを見て、エルヴィーノは今更な感想を述べる。

 この世界では、生物を殺すとステータスが上昇する。

 強い魔物を倒す方が上昇するが、弱い魔物でも微かに上昇すると言われている。

 先日の大繁殖した一角兎を餌にしていた様子なので、このオルソ・グリージョは相当な数を食べていたのだろうと、エルヴィーノは考えた。


「さて、帰ろうか?」


「ホ~!」「ガウッ!」


 倒したオルソ・グリージョの死体を闇魔法で影の中に収納し、エルヴィーノは従魔たちに声をかける。

 そして、依頼達成を伝えるために、シカーボの町へと帰ることにした。


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