第 17 話

「まさかこの町の近くにいるなんてな……」


「そうですね」


 武器の手入れをしつつ呟くエルヴィーノ。

 それに、同じく武器の確認をするセラフィーナが返答する。

 昨日に引き続き調査した結果、エルヴィーノはデッスロの居場所を発見した。

 町を出入りする門。

 そこで身分証の確認作業をしている兵たちに尋ねると、デッスロはクビになってからすぐにこの町から出て行ったという話だった。

 元同僚の彼らの証言なのだから、それを疑う余地はない。

 そうなると、このモニシートの町からヒアーサの町までは、中間地点にイピナという村が1つあるだけ。

 そのどこかに住処があるはず。

 そう思ってエルヴィーノが捜索したところ、このモニシートの町とイピナの村の間にある森の中に潜んでいることが分かった。

 この町から距離にして3kmほど。

 思ったよりも近い位置だったことで、かなり早く発見することができた。


「そろそろ行くか?」


「はい!」


 武器の確認が済み、装備したエルヴィーノが問いかける。

 それに、セラフィーナは力強く頷く。


「お前たちはオルフェオのことを頼むな」


「ホ~!」「ガウッ!」


 主人であるエルヴィーノの言葉に、従魔であるノッテとジャンが返事をする。


「リベルタもお願いね」


「ニャウ!」


 こちらも同じく、セラフィーナの言葉にリベルタが返事をした。

 もうすぐ日付の変わる時刻。

 赤ん坊のオルフェオは、ベビーベッドでスヤスヤと寝息を立てている。

 昨日の話し合いで決まっていたことだが、もしもオルフェオが夜泣きで起きてしまった時のことを考えて、従魔たちだけでも置いていくことに決めたからだ。


「できる限り早く済ますぞ」


「はい!」


 デッスロたちの住処へ移動を開始する前、エルヴィーノはセラフィーナと簡単に打ち合わせをする。

 エルヴィーノの調べによって、デッスロの住処には十数人の仲間と思わしき者たちが存在していた。

 時間的に考えると全員が起きている可能性は低いが、それでも物音でバレるかもしれない。

 無駄な時間を使用して、オルフェオの夜泣きを従魔たちが抑えきれなければ、この宿屋にいるいる人たちに迷惑をかけることになる。

 そうならないためにも、できる限り早くことを済ませたい。

 そのため、昨日から決めていたことだが、デッスロ以外の生死はどうでもいい。

 あくまでも、時間短縮が目標だ。

 セラフィーナもそれを理解しているため、すぐに返事をした。


「行くぞ!」


「はい!」


 最後にオルフェオの寝顔を見て、エルヴィーノは表情を変える。

 セラフィーナではないが、エルヴィーノとしてもくだらない理由で赤ん坊に手をかけるような人間を容赦するつもりはない。

 怒りのこもった表情のまま、エルヴィーノとセラフィーナはデッスロの住処へと転移した。






◆◆◆◆◆


「なあ?」


「んっ? なんだ?」


 1人の女がデッスロに問いかける。 

 それに対し、酒瓶を片手に持つデッスロが返事をする。


「一体いつまでこのガキの面倒見なくちゃならないんだい?」


 女はボロボロのベビーベッドに寝かされた赤ん坊を指さし、再度デッスロに問いかけた。


「そいつは金づるにできる。できる限り生かして、ボルグーゼの奴から巻き上げるまでだ」


 この会話からも分かるように、ボルグーゼ男爵の息子であるクレシェンツィオは生きていた。

 そのクレシェンツィオを見ながら、デッスロは薄ら笑いを浮かべながら女に返答した。


「いや、金を受け取ったら奴の目の前で殺すのも面白いかもな……」


 どうやら、デッスロはクレシェンツィオを使ってボルグーゼ男爵から金をせびるつもりのようだ。

 しかし、八つ当たりのような恨みから、ボルグーゼ男爵を絶望に陥れることの方が愉悦に浸れると思い始めていた。


「あんたの恨みなんか私らには関係ないんだよ。世の中金だ」


「はい、はい」


 自分の考えを優先しようとしたデッスロに対し、女は金を求める。

 モニシートの町を拠点にした裏組織を作り上げたこの女がクレシェンツィオの誘拐に加担したのは、すべでは金が目的だったからだ。

 二言目ふたことめには金、金と口にする女に、デッスロはうんざりしたように返事をした。






「っ!?」


「どうしました?」


 所変わってエルヴィーノたち。

 デッスロがいるアジトの近くに転移し、探知魔法で内部を確認したエルヴィーノは目を見開く。

 その反応を見て、セラフィーナは小声で問いかけた。


「赤ん坊が生きている!」


「っっっ!!」


 エルヴィーノの返答に、セラフィーナも目を見開いた。

 見当違いな恨みから、デッスロは誘拐した子供を亡き者にしたと思っていた。

 しかし、生きていたという嬉しい誤算が分かったからだ。


「セラ、お前は赤ん坊。俺は奴を捕える!」


「了解しました!」


 これからのことを考え、2人は気持ちのすぐさま切り替える。

 セラフィーナの気持ちを考えると、デッスロを生かして捉えるということはミスを犯しかねない。

 しかし、自分なら感情に任せてそんなミスを犯すようなことはしない。 

 そのため、エルヴィーノはセラフィーナにクレシェンツィオの保護を任せることにした。

 エルヴィーノのそんな思いに気づくことなく、セラフィーナは返事をした。


「開始!!」


「はい!!」


 生きていたのなら、当然救い出す。

 デッスロに対する怒りで、もしかしたら殺してしまうかもしれないセラフィーナには赤ん坊の救出を優先させ、エルヴィーノは自分がデッスロの捕縛を優先ることにした。

 そして、2人はアジトへの侵入を開始した。


「「っ!?」」


 洞窟を改築したようなアジト。

 敵や魔物の接近を警戒して入り口にいた見張りの2人を、タイミングを見計らうようにして背後に回ったエルヴィーノたちは、声を出させることもないように始末する。

 その成果に一々反応することなく、2人はアジト内に入っていった。


“スッ!”


“コクッ!”


 アジト内を進んでいくと、丁字路に突き当たる。

 探知魔法によってデッスロがいる位置を把握しているエルヴィーノは、迷うことなく無言で左を指さす。

 それに従うように、セラフィーナは声を出さずに頷く。


「がっ!?」「ごっ!?」


 発見した者たちを一瞬で始末しながら2人は奥へと突き進む。


“クイッ!”


“コクッ!”


 敵は2人、扉を開けたら、自分は敵の始末とデッスロの捕縛。

 セラフィーナはクレシェンツィオの救出。

 最奥と思われる場所に達したエルヴィーノは、扉の前でセラフィーナに対し、無言でジェスチャーによる指示を行う。

 その指示を理解したセラフィーナも、無言で頷く。


“バンッ!!”


「「っっっ!?」」


 手でカウントし、セラフィーナが勢いよく扉を開ける。

 扉が開いた瞬間に、エルヴィーノが部屋の内部を把握すると、高速で部屋に侵入して女を剣で始末した。

 あまりの不意打ちに、女は声を上げることなく絶命し、デッスロは側に置いてあった剣をとっさに手にした。


「だ、誰、ぐっ!?」


 恐らく、「誰だ!?」とでもいうつもりだったのだろう。

 しかし、そんな言葉を吐かせる間すら与えず、エルヴィーノはデッスロに接近すると、腹に拳を突き刺す。

 その強烈な一撃によって意識を失ったデッスロは、剣を落として崩れるように倒れるところをエルヴィーノに抱えられる。


“スッ!”


“コクッ!”


 デッスロを捕縛したエルヴィーノは、クレシェンツィオを抱き上げたセラフィーナに自分の影を指さす。

 ここに来た目的を果たしたため、影転移を行う合図だ。

 それを受けたセラフィーナは、了承を意味するように頷く。

 侵入から10分も経たないうちに、エルヴィーノとセラフィーナはデッスロとクレシェンツィオを抱えてアジトから姿を消したのだった。


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