第 16 話

「今日の調査で、可能性が高くなった」


「……そうですか」


 オルフェオの服を片付けてベッドに腰かけたセラフィーナに対し、エルヴィーノは今日の調査で知り得た情報を話し始めた。

 それにより、彼の心象としてはデッスロが犯人である可能性が高くなったことを伝えた。

 ボルグーゼ男爵の子供を攫った犯人。

 エルヴィーノの言葉を聞いたセラフィーナの表情は、まだ見ぬデッスロに不快な感情を隠せなかった。


「兵として雇われているデッスロが犯行に及んだとして、どうやってと俺たちは思っていたが、簡単な話だった」


「と言うと?」


 兵として雇われているのなら、理由もなくそう何日も休暇を取ることなんてできない。

 そのため、エルヴィーノたちはどうやって犯行に及んだのか疑問に思っていた。

 しかし、その理由が調査によって判明した。


「デッスロの奴、最近クビになったそうだ」


「クビ……ですか?」


「あぁ」


 エルヴィーノが言ったように簡単な話だった。

 デッスロのことを調べていたら、すぐに仕事をクビになっていたことが分かったからだ。

 兵として雇われていないのなら、ヒアーサの町に行って犯行に及ぶ時間はたっぷりある。

 そのことだけでも、デッスロが犯人の可能性は高くなったと言える。


「どうしてクビに?」


 ボルグーゼ男爵夫人であるクラリッサに対してのストーカーじみた行為によって、せっかく手に入れた爵位を剥奪されたデッスロ。

 しかし、そんな問題を起こしておきながらも、一般市民よりもやや高額な賃金を安定的に得られる兵として雇ってもらえた。

 それだけ戦闘面における実力を有していたはずなのに、どうしてそれでクビになったのか気になり、セラフィーナはその経緯を尋ねた。


「全ては本人の自業自得だ」


 デッスロがクビになった理由。

 エルヴィーノは、それを聞いてきたことを説明することにした。


「最初は真面目にやっていたらしい。しかし、問題を起こしたことがあって、いつまでたっても上の役職に就けないでいたそうだ」


 騎士の爵位を得られるほどに実力はあるため、他の兵たちよりも成果を出していたのは事実だ。

 しかし、成果を出しても、他の人間が隊長格に上がるなか、デッスロだけは変わらないまま。

 それもこれも、問題を起こしたからだ。

 その過去があるからこそ、雇っている側からすると上に上げにくいのかもしれない。


「成果を上げても地位が変わらないことが続き、それに耐えられなくなったのか次第に訓練に身が入らなくなった」


 人間だれしも、成果を出していれば評価をされたいという気持ちは持つもの。

 しかし、その評価を受けられないとなると、気持ちが折れてしまうのも分からなくない。

 デッスロも気落ちが折れたのか、訓練をさぼり始めたそうだ。


「訓練をさぼれば当然腕も鈍る。仕事の成果も落ちだした。そうなればいつまでも問題児を雇っている必要はない。それでクビだ」


 一度爵位を剥奪された人間が、再度爵位を得るなんて、余程のことでもない限り不可能だろう。

 もちろん、過去の過ちをいつまでも蒸し返され、うだつが上がらなくても、それも自分が招いた結果だ。

 高望みをしなければ安定的な収入を得られるのだから、真面目に勤めればいいだけのことだ。

 しかし、心が折れたデッスロは、我慢ができなかったようだ。

 持ち直すことができなく、クビになっってしまった。


「クビになったら元のクズに逆戻り。その恨みをボルグーゼ男爵に向けたんだろう」


 クビになったデッスロはその後、裏の世界に足を踏み入れるまで時間がかからなかった。

 鈍ったとはいっても確かだった剣の腕を生かして、これまで以上の収入を得ようと考えたデッスロは、冒険者の道ではなくそっちの世界を選んだようだ。

 そこで自分が裏の世界に入らなければならなくなった恨みを晴らすために、子供の誘拐を企てたのだろう。


「とことんクズですね。全部身から出た錆じゃないですか」


「全くその通りだ」


 うだつが上がらずクビになった恨みを、ボルグーゼ男爵に向けるなんて八つ当たりもいいところだ。

 セラフィーナが言うように、クビになったのはデッスロ自身が招いたことだ。


「あの……もしかしてボルグーゼ男爵の子供は……?」


「……言いたくないが、可能性はかなり低いな……」


 ボルグーゼ男爵の子供が誘拐されて数日経っている。

 もしも裏の世界に落ちたデッスロが犯人だとすると、子供が生きている可能性は極めて低い。

 エルヴィーノたちは、最悪な結果しか思い浮かばなかった。


「せめて奴を捕まえて、真相を吐かせるくらいしかない」


「そうですね……」


 数日オルフェオの面倒を見ただけだの自分でも 生まれたばかりの赤ん坊を失うことの悲しさはうかがえる。

 そのため、エルヴィーノが言うように、自分たちは犯人を突き出すくらいしかできない。

 それくらいしかできない自分に、セラフィーナは気持ちが沈んだ。


「デッスロはこの町にいるのですか?」


「それは明日にでも探り当てるつもりだ」


 セラフィーナが気になったように、デッスロの居所も調べていた。

 しかし、いくらエルヴィーノでも、今日1日で全てを調査できたわけではない。

 デッスロが犯人の可能性が高いことが分かっただけで、居場所までは突き止められなかった。

 そのため、明日にはその居所までも突き止めるつもりだ。


「居場所を見つけたら、私も連れて行ってくださいね!」


「えっ!? しかし……」


 エルヴィーノならば、すぐに見つけることができるはず。

 そんな根拠のない思いのまま、セラフィーナはデッスロ捕縛の同行を求めた。

 しかし、自分だけでなくセラフィーナまでいなくなると、オルフェオの面倒を見る者がいなくなる。

 そのため、エルヴィーノは合意をためらう。


「2人で事に当たればすぐに解決できます。その間はノッテたちがいれば問題ないはずです!」


「う~ん……」


 自分1人でもなんとかできるだろうが、確かにセラフィーナもいれば時間も短縮できるし、逃走されることも防げるだろう。

 しかし、オルフェオのことを考えると、エルヴィーノとしては同意することはやはり難しい。


「お願いします!」


「……分かった。全速力で片付れば大丈夫だろう」


 頭を下げて頼み込んでくるセラフィーナ。

 この状態のセラフィーナは、止めても聞かない。

 確かに、少しの時間ならノッテたちに見ていてもらえば、オルフェオが不安になることはないだろう。

 もしも、デッスロ以外に仲間がいたとしても、問答無用で仕留めればいい。

 心の中でそんな物騒な考えに至ったエルヴィーノは、デッスロの居場所を見つけたらセラフィーナを連れて行くことを認めた。


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