第 14 話
「あの町だな」
ヒアーサの町の近くの森から転移したエルヴィーノは、遠くに見える町を指さしてセラフィーナに話しかける。
そして、その町へと向かって歩き出した。
「……あの、本当にあの町でいいんですか?」
「あぁ」
森から出てエルヴィーノが指さした町へと向かう街道を進み、町に入るための門の前に来たところで、セラフィーナは疑問の言葉を投げかける。
本来ならば、パッツィー男爵領の領都であるディチョアの町へ向かう予定だったのだが、それを急遽変更して別の町へと向かうことになったためだ。
そのセラフィーナの問いに対し、エルヴィーノは短く返事をする。
「理由を聞いてもいいですか?」
「もちろんだ。だが……」
この町に来ることになったのは、エルヴィーノが選んだこと。
なので、セラフィーナはその理由を尋ねた。
エルヴィーノとしても、急遽この町に来ることを選択したため、セラフィーナにはきちんと説明をしていない。
そのため、セラフィーナの問いに頷くが、
「とりあえず町に入ってから答えるよ」
「分かりました」
並んでいる人間も少なかったことから、すぐに町に入るための身分証を提示する番になった。
そのため、セラフィーナに説明をするのをいったんやめて、エルヴィーノはひとまず身分証の確認をしてもらうことを優先した。
この場には、町中に入るための者の身分確認をする兵たちがいる。
彼らの前で込み入った話をするのもどうかと思ったセラフィーナは、エルヴィーノの言葉を素直に受け入れた。
「さて、門の前でした話をしよう」
「はい」
町に入ったエルヴィーノたちは、宿屋を見つけて受付を行い、借りた部屋へと入る。
そして、一息ついたところで、エルヴィーノは門の前でセラフィーナから受けた質問に答えることにした。
ちなみにだが、宿泊のための受付をしている時、今日もセラフィーナの割り込みによってツインルームを借りることになった。
「昨日泊まった宿屋の女将さん。覚えているだろ?」
「はい」
影から出したベビーベッドにオルフェオを寝かせ、従魔たちに相手をさせたエルヴィーノは、向かい合うようにベッドに座ったセラフィーナに話始める。
そして、エルヴィーノが確認のために問いかけると、セラフィーナは当然といったように返事をする。
今日の朝、チェックアウトする時にも顔を合わせている。
そのため、忘れるほど時間が経過していないからだ。
「その女将さんから聞いただろ?」
「女将さんから……?」
エルヴィーノの問いに、セラフィーナは首をかしげる。
思い当たることがなかったからだ。
「……夕食の時の話だよ」
「あぁ、もしかして、ボルグーゼ男爵夫妻の馴れ初めの話ですか?」
「そうだ」
思い当たる節がない様子のセラフィーナ。
その様子を見て、エルヴィーノは助け舟となる言葉をかける。
それを受けてようやく思い出したセラフィーナは、思い出したように問いかけてきた。
それを待っていたかのように、エルヴィーノは頷く。
「その話の中で引っかかる部分があった」
「引っかかる?」
女将さんには、ボルグーゼ男爵夫妻の馴れ初めを聞いただけだった。
その中に引っかかる部分なんてなかったセラフィーナはからすると、エルヴィーノが何に引っかか他のか分からない。
そのため、首をかしげるとともに問いかける。
「悪漢……」
「……あっ!」
エルヴィーノの短い言葉。
それでセラフィーナは思い出した。
女将さんが話したボルグーゼ男爵夫妻の馴れ初めの中に、暴漢という言葉があったからだ。
「もしかして! その悪漢がこのモニシートの町にいるということですか?」
「そうだ」
セラフィーナと女将さんの会話に出てきた悪漢。
それが、このドンボー男爵領の領都であるモニシートの町にいるのだ。
そのため、エルヴィーノはセラフィーナの問いに頷く。
「剣の実力から騎士の爵位を受けたが、ボルグーゼ男爵夫妻との件があり、爵位を剝奪された男だ。名前をデッスロという」
王国内の各地で開かれる剣術大会。
その悪漢は、その大会のいくつかで優勝を収めたことを評価され、騎士爵を受けることができたという話だ。
この国において、騎士爵は名誉貴族となる爵位に当たる。
この国、いや……この世界の多くの国々において、平民が貴族になろうと考えるならば、必要なのは力か金だ。
その力でデッスロは一代限りの名誉爵とはいえ、貴族になることができたのだ。
しかし、その爵位に溺れたのか、デッスロは傍若無人な振る舞いをするようになった。
平民の女は全て自分のものとでも勘違いしたのだろう。
爵位を笠に手当たり次第に手を出す始末。
そして、質素な暮らしを重んじる、同じく騎士爵のベネデット家の長女のクラリッサに目を付け、手を出そうと試みた。
しかし、同じ騎士爵家と知らずクラリッサにストーカーまがいに付きまとっていたデッスロは、ボルグーゼ男爵家の長男であるデルフィーノによって抑えられることになった。
同じ下級貴族であっても、一代限りの騎士爵と世襲できる男爵の間には厚い壁が存在している。
デルフィーノの介入によって、ストーカー男のデッスロはクラリッサから手を引かざるを得なくなった。
当然、そのことは公になり、デッスロはせっかく得た爵位を失うことになった。
そんな汚点のある男だ。
再度爵位を得ることなどほぼ皆無だろう。
「ストーカー野郎……」
ダークエルフといっても、セラフィーナは容姿端麗だ。
そのため、ストーカーじみた男に付きまとわれるようなことがあった。
そういったのは、大体セラフィーナ自身が罪に問われないように始末してきたが、女子からしたらそういった人間の存在は嫌悪する。
そのため、顔も知らないにもかかわらず、セラフィーナはデッスロに殺意が湧いてきた。
「実力だけはあるため、ここの領主であるドンボー男爵に雇われたそうだ」
パッツィー男爵領の北、ボルグーゼ男爵領西北にあるこのモニシートの町は、ドンボー男爵領となっている。
ここは西と北にある森に多くの魔物が生息しているため、兵や冒険者には、性格よりも強者を求める。
そんなため、問題を起こしたにもかかわらず、デッスロは領兵として雇われることになった。
「もしかしたら、そのデッスロがが今回の犯人だと?」
「あくまでも俺の予想だがな……」
眉間に皺を寄せつつ問いかけるセラフィーナ。
それに対し、ここまでのことはあくまでも自分の考えとしたうえで、エルヴィーノは返答した。
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