第 13 話
「結局、何の情報も得られませんでしたね?」
「そうだな……」
ヒアーサの町のギルド所長であるヴァルフレードと別れ、エルヴィーノとセラフィーナはボルグーゼ男爵の事件について少しでも情報が得られないか町中を調べまわった。
そして、日が暮れ始めたところで調査を終えた2人は宿屋へと戻り、夕食をとるために一階の食堂へと足を運んだ。
注文を終えて料理が来るまでの間、セラフィーナはため息交じりに問いかけ、エルヴィーノは頷きと共に返事をした。
2人の会話の通り、領主邸の周囲や町中で調査を続けたが、結局は空振りに終わった。
歩き回ったのに何も情報が得られなかったため、ため息つきたくなるのも仕方がないだろう。
「明日は、予定通りパッツィー男爵領へ向かうんですか?」
「そうするしかないだろ」
エルヴィーノとしては、犯人がパッツィー男爵である可能性に疑問が残っている。
だからこそ今日1日を使って別の線を探ったのだが、何も引っかかる情報を得られなかった。
そのため、疑わしい人間がパッツィー男爵しかいないのだから、その線で調べるしかない。
問いかけてきたセラフィーナに対し、エルヴィーノとしても釈然としないが、明日は予定通りパッツィー男爵領へと向かうことにした。
「なんだい? あんたたち冴えない表情して」
「女将さん……」
すっきりしないでいるエルヴィーノたちの表情を見たからか、この宿屋兼食堂の女将さんが話しかけてきた。
その元気の良さに、エルヴィーノたちは思わず背筋を伸ばした。
「あう~!」
「かわいいね。あんたたちの子かい?」
「い「はい!!」」
手に持つ哺乳瓶に目が行ったのか、オルフェオが女将さんに手を伸ばす。
それに気づいた女将さんは、笑顔でオルフェオに語り掛け、エルヴィーノたちに問いかけてきた。
若い男女に赤ん坊。
その構図を見たらそう考えるのも仕方がないが、オルフェオは自分たちの子供ではない。
そのため、エルヴィーノが「いいえ」と言おうとしたが、セラフィーナはそれに被せるよ肯定の答えを返した。
なんでわざわざ嘘をつくのかという思いから、エルヴィーノはセラフィーナに疑いの意味を込めて半眼の視線を送る。
しかし、そんな視線などお構いなしと言わんばかりに、なぜかセラフィーナは上機嫌だ。
「はいよ」
「どうも」
別にムキになって否定するようなことでもないため、エルヴィーノそのまま親子だと認識されたままにした。
そんなエルヴィーノに、女将さんは作ってきたミルク入りの哺乳瓶を渡す。
受け取ったエルヴィーノが哺乳瓶を口に近づけると、オルフェオは嬉しそうにミルクを飲み始めた。
「うちの子もこんな時期があったんだけどね……」
ミルクを飲むオルフェオに、女将さんはニコニコ顔で呟く。
食堂のキッチン内で、親父さんと共に料理をしている青年のことを言っているのだろう。
「そういえば……」
オルフェオに目が釘付けの女将さんに対し、セラフィーナは何かを思いついたかのように声を上げる。
「子供といえば、ここの領主様は大変ですね?」
「全くだね!」
セラフィーナは世間話と言わんばかりに話しかける。
それに女将さんが乗ってきた。
女将さんからも何か情報が仕入れられないかと思ったため、この宿屋を予約したのだ。
どう問いかけようとタイミングを計っていたのだが、男の自分が問いかけるよりも同じ女性であるセラフィーナが問いかけた方が話しやすいだろう。
そのため、うまいこと話しを持っていたことに、オルフェオにミルクを与えているエルヴィーノは、内心では思わず「ナイス!」と声を上げた。
「領主様と奥様は、領主様が悪漢から奥様を救ったことで結ばれたっていうエピソードがあってね。仲睦まじいことで有名なんだ。それなのに、そんな2人から子供を攫うなんて、犯人が分かったら私がただじゃおかないよ!」
ギルド所長のヴァルフレードもそうだったが、この町の住人は領主夫妻のことを気 にかけている。
それは、今日1日調査しているときに思ったことだ。
きっと、ボルグーゼ男爵は善政を敷いているのだろう。
女将さんも例にもれず、話しているうちに領主のことを思ってヒートアップして行った。
「けぷっ!」
「おっと、お父さんたちの料理を持ってこないとね」
セラフィーナと女将さんが話している間に、オルフェオはミルクを飲み終えてかわいらしいゲップをする。
それを見て、女将さんはキッチンの方に視線を向ける。
すると、エルヴィーノたちが頼んだ料理ができそうになっていることに気づき、話を終えてカウンターの方へと向かって行った。
「男爵夫妻は、ロマンチックな結ばれ方をした夫婦なんですね……」
「……ロマンチックか」
女将さんの話を聞いたセラフィーナは、何となくうっとりしたような表情で呟く。
男の自分としては全くだが、女性だからだろうか。
そういった恋愛話に惹かれるのだろう。
そんなセラフィーナの呟きに対し、反応したエルヴィーノは真剣な表情で声を漏らした。
「……どうしました?」
セラフィーナは、エルヴィーノの表情の変化に気づく。
いつも一緒にいるからこそわかるが、この表情の時には何か考え事をしている時だ。
そう考えたセラフィーナは、少し間を開けてエルヴィーノに問いかけた。
「……いや、考えすぎかもな……」
「はいお待ち!」
セラフィーナの問いに対し、エルヴィーノは思いついた何かを否定するかのように首を左右に振った。
そこへ、女将さんが料理を運んできた。
「うちの名物。ビッグハンバーグ定食だよ!」
「おぉ!」
「すごい!」
女将さんの持ってきたのは、熱せられた鉄板皿を覆うほどに大きなハンバーグが乗った料理だった。
大きさだけでなく厚みもあるハンバーグに、エルヴィーノたちは思わず声が出た。
「じゃあ、これ食べて、明日はパッツィー男爵領に出発しよう」
「はい!」
料理を前にして、エルヴィーノは考えるのをやめた。
そして、料理の香りに耐えられず、今にもかぶりつきそうなセラフィーナに声をかけ、食事を開始することにした。
「お世話になりました」
「はいよ。また来とくれよ!」
食事をして眠りについたエルヴィーノたち。
翌朝、感謝の言葉と共に借りていた部屋の鍵を女将さんに渡す。
鍵を受け取った女将さんは、オルフェオと握手した後、手を振って見送ってくれた。
「ではパッツィー男爵領へと行きましょうか?」
「………………」
宿屋を後にし、ヒアーサの町から出たところで、セラフィーナが話しかける。
その問いに対し、エルヴィーノはなぜか無言でいる。
「……いや、俺たちは違うところへ行くぞ!」
「……えっ?」
人に見られないよう転移するために森に入ったところで、エルヴィーノは意を決したように声を上げる。
あまりにも急な話に、セラフィーナは思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
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