第 12 話

「じゃあ、今わかっている情報を教えてくれるか?」


「あぁ」


 ボルグーゼ男爵の子供の捜索に協力することにしたエルヴィーノたち。

 そのためにも、情報を得ようとエルヴィーノはヴァルフレードに問いかけた。

 それに返事をしたヴァルフレードは立ち上がり、事務用の机から資料らしきものを持ってきて、エルヴィーノとセラフィーナへと渡した。


「事件があったのは5日前。ボルグーゼ男爵が王都にいて領地から離れていた時に起きた」


 ヴァルフレードは、資料の内容の説明を始める。

 エルヴィーノとセラフィーナは、それを聞きながら資料に目を移した。


「男爵夫人が突如体調不良になり、使用人たちに子供の面倒を頼んで体を休めることにしたのだが……」


 前当主である父を亡くして受け継いだばかり領主であるため、ボルグーゼ男爵夫妻はまだ若い。

 そのため、夫人の健康面においてなんの問題もなかった。

 それなのに、急遽体調不良になったものだから。使用人たちも慌てたそうだ。


「その使用人の中に、犯人がいた」


「んっ? 犯人は分かっているのか?」


 ヴァルフレードの説明からだと、犯人が分かっているような様子だ。

 犯人が分かっているのなら、子供の捜索は難しくないのではないか。

 そう思ったため、エルヴィーノはヴァルフレードの説明を一旦遮るようにして問いかけた。


「正確には、犯人に利用されたといったところだろう」


 質問に答えるヴァルフレード。

 どうやら、夫人の体調不良によって使用人の多くが戸惑っていた時、メイドの1人が子供を領主邸から連れ出したそうだ。


「そのメイドの母親の体調が悪く、薬代を求めてのことだろう。そこに付け込んだ何者かによって利用され、子供を連れ去ったようだ」


 もともと、そのメイドはその母のために領主邸で働くようになった。

 しかし、働いて得た賃金を使用しても母親の病状は改善しないどころか少しずつ悪化するばかり。

 そのため、借金をするしかなくなり、その借金返済のために悪事に手を染めたといったところのようだ。


「しかし、結局そのメイドは殺され、邸の近くで遺体が発見された」


「そりゃなんとも……」


 世話になっている領主の子供の誘拐に手を貸すなんて、全くもってとんでもないことだが、母親のために何としてでも金が欲しかったと聞くと、なんとも言い難い気持ちになる。

 しかし、そんな理由があろうとも領主夫妻のことを考えたら許しがたいことのため、かわいそうという思いもなくないが、エルヴィーノとしてはそのメイドのことを弁護する気にはなれない。


「そのメイドから子供を受け取り連れ去った者がいたのだろう。そこから子供の行方は一切不明だ」


 共犯者として利用されて殺されたメイドの遺体は見つかったが、子供の方は遺体も見つかっていないことから生死も行方も不明になっているそうだ。

 事件後、急いで王都からヒアーサの町に戻ったボルグーゼ男爵も、領兵を使って必死に子供の行方を捜しているが、何の手がかりも得られていないそうだ。


「単独犯か複数犯も分からないか?」


「あぁ、夜だったからな」


 夫人が体調不良になったのは夕食後。

 日も暮れた時間帯ということもあって、目撃者もいなかったらしい。

 そのため、邸の外からどこへどういったのか情報がないらしい。

 犯人の人数くらいは知りたいところだが、それすらも分からないようだ。


「何の手がかりもないんじゃ、どうしようもないな」


「いや、手がかりが何もないわけではない」


 説明を受けても、子供の行方どころか犯人のことも何もわからない。

 これでは協力しようにもできるものではない。

 お手上げ状態に、エルヴィーノは頭をかいて呟く。

 それに対し、ヴァルフレードは待ったをかけた。


「ボルグーゼ男爵は、パッツィー男爵ではないかと考えている」


「パッツィー男爵?」


「あぁ、隣の領主だ」


 貴族のことなんて興味がないため、名前を言われても分からない。

 そのため、エルヴィーノは首をかしげる。

 それを見て、ヴァルフレードは説明を付け足した。


「その男爵の理由は?」


 その男爵が疑わしいというのなら、探ってみる価値はあるかもしれない。

 しかし、どうしてその男爵が疑わしいのかが気になったエルヴィーノは、その理由を尋ねた。


「この町の南にあるポーンの町。そこはもともとパッツィー男爵領だった。しかし、パッツィー男爵の浪費癖と経営失敗の赤字によってできた借金から手放さなければならなくなった」


 ボルグーゼ男爵は、このヒアーサの町とポーンの町の2つを管理している。

 そのポーンの町は、もともとパッツィー男爵が統治していた町の1つだったそうだ。

 しかし、領地経営の才が低いのか、悪癖と相まって国に接収されたようだ。


「そのポーンの町を統治することになったのがボルグーゼ男爵だ。パッツィー男爵がポーンの町を取られたと愚痴っていたのを聞いた人間が複数いる」


 このヒアーサの町の端にはダンジョンがある。

 そのダンジョンによる収入から、ボルグーゼ男爵領の経営はまあまあ潤っている。

 国としても、赤字状態のポーンの町を再建するにはうってつけの人間だと判断したのだろう。

 代わりにボルグーゼ男爵がポーンの町の経営も請け負うことになったようだ。

 自分で蒔いた種だというのに、パッツィー男爵はそれを逆恨みしていたのだろう。

 それを人前で愚痴るなんて、どれだけ頭が悪いのだろうか。


「それで仕返しに子供を奪ったと?」


「あくまで予想としてだがな」


 ポーンの町は国が接収し、ボルグーゼ男爵が統治するように任命されたのだ。

 別に盗み取ったとかいうものではない。

 それなのに仕返しをしたのだとしたら、完全に逆恨みだ。


「じゃあ、俺たちもそのパッツィー男爵を探った方がいいのか?」


「そうしてもらいたい」


「……分かった」


 疑わしいのがそのパッツィー男爵しかいないのなら、その男爵を探るしかないだろう。

 そのため、自分たちも探るべきかを訪ねると、ヴァルフレードは頷きと共に返答した。

 それを受け、エルヴィーノは少しの間をおいて頷いた。


「さっきはどうして返答に間を空けたのですか? エル様……」


「んっ? あぁ……」


 パッツィー男爵を探ることにしたエルヴィーノは、セラフィーナとオルフェオ、それと従魔たちと共に所長室から出る。

 そして、ギルドから出ると、セラフィーナが問いかけてきた。

 最初何のことかと思ったエルヴィーノだったが、それが最後の返事をした時のことだと理解する。


「他に疑わしいのはいないのか気になってな……」


 手がかりがないのなら、ボルグーゼ男爵に恨みを持っていそうな人間を探るのは当たり前のこと。

 しかし、それがパッツィー男爵だけなのか気になる。

 そのため、もしもほかに犯人がいたとしたらと考えると、すぐに返事ができなかったのだ。


「この町を少し調べて他に何も情報が出なければ、パッツィー男爵領に向かおう」


「はい」


 エルヴィーノたちは、今日の宿代を払ってしまった。

 そのため、今日はこの町で他に情報がないか探り、一泊してからパッツィー男爵領へと向かえうことにした。


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