第 10 話

「到着っと」


「やっぱりあっという間ですね」


「あぁ」


 ボルグーゼ男爵の子供の行方不明事件を調査するため、いつものようにオルフェオを抱っこしたエルヴィーノは、セラフィーナたちと共に家を出ると、人気のないところで影の中に潜る。

 そして、次の瞬間には、ボルグーゼ男爵領の町であるヒアーサの町近くの森の中へと到着した。

 馬車で移動すれば数時間の距離でも、エルヴィーノの影転移を使用すればあっという間に目と鼻の先だ。

 自分も使えるとは言ってもエルヴィーノほどの魔力量がないため、今回は便乗させてもらったセラフィーナは、つくづく便利な魔法だと感じたようだ。

 エルヴィーノとしても同じ思いのため、短い言葉と頷きで返事をした。


「町の中に入ったら、まずは宿屋を見つけて、そのあとギルドで情報収集を開始するか」


「はい」


 町へと入るため、エルヴィーノたちは門の前にできている列に並ぶ。

 犯罪者を町の中に入れないため、兵たちが身分確認をするための列だ。

 そして、自分たちの番が来るまでの間、エルヴィーノたちは簡単なこれからの予定を決めていた。


「ここがいいんじゃないか?」


「そうですね」


 無事に町に入ることができたエルヴィーノたち。

 まずは予定通り宿屋を探すため、町中を散策する。

 そして、いくつか発見できたうち、ひとつの宿屋を指さしてセラフィーナに問いかける。

 それに対し、セラフィーナは頷きつつ返答した。


「失礼」


「おや、いらっしゃい!」


 宿屋の中に入り声をかけると、少し恰幅のいい女性が笑顔で対応してきた。

 どうやら、この宿屋の女将さんらしい。


「部屋は空いていますか?」


「えぇ、だ丈夫だよ。何部屋だい?」


 エルヴィーノが問いかけると女将さんは頷き、使用する部屋数を尋ねてきた。


「じゃあ……」「2人部屋1つで!」


 女将の問いに、エルヴィーノが1人部屋を2つと答えようとすると、それを遮るようにセラフィーナが返答する。

 

「ちょっ……」


「あいよ!」


「えっ!?」


 言葉を遮って勝手に2人部屋を選択したセラフィーナに、エルヴィーノは文句を言おうとした。

 しかし、その前に女将さんがセラフィーナの言葉を受け入れてしまったため、文句を言う前に止まってしまった。


「……まぁいいか」


 結婚していない若い(見た目は)男女なのだから、エルヴィーノとしては別々の部屋にした方がいいと思っていた。

 しかし、女将さんも準備を始めてしまい、空気的に今更止めることもできなさそうだ。

 セラフィーナとは、部屋は違うがいつも一緒の家に住んでいる。

 それに、1人部屋2つよりも2人部屋1つの方が値段的には安く済む。

 そのため、エルヴィーノは仕方ないとあきらめることにした。


「ところで、どうしてこの宿にしたんですか?」


「お前……」


 準備が整い、女将さんに案内された部屋に入ると、セラフィーナが問いかけてきた。

 どうやら、セラフィーナは宿ならどこでもよく、たださっきの割り込み発言をするタイミングを計っていたようだ。

 そのため、どうしてエルヴィーノがこの部屋を選んだのか分からないようだ。

 エルヴィーノとしては、「変なところに集中していないで、ちゃんと良さげな宿屋を探せよ」と言いたいところだが、言っても無駄そうなのでやめた。


「まぁ、大した理由はないけど、あの女将さんが見えたからかな」


「えっ? もしかしてエル様……」


 理由を聞かれたエルヴィーノは、この宿を選んだ理由を答えた。

 すると、セラフィーナは僅かに体を引き、表情がこわばった。


「……たぶんだが、お前の考えていることとは違うぞ」


「どう違うんですか?」


 セラフィーナの態度と表情から、次に言いたいことが何なのかなんとなく分かったエルヴィーノは、先んじて否定する。

 それに対し、セラフィーナは答え合わせを求めるように問いかけてきた。


「あの女将さんが俺の好みの女性だとかそんなんじゃない。なんとなく町の情報に詳しそうだと思ったからだ」


「あぁ、そういうことですか」


 女将さんを見て決めたという言葉から、セラフィーナは自分の好みのタイプが、ああいった恰幅の良い女性なのではないかと言おうとしているのだと判断した。

 それがどうやら思った通りだったようだ。

 そのため、自分が思ったことをきちんと告げると、納得したのか表情が和らいだ。


「奥さん仲間の井戸端会議はなかなか捨てたもんじゃないぞ」


「へぇ~」


 町の情報というのは、どこでどのように広がっているかはわからない。

 その中でも、奥さん仲間の井戸端会議で出た噂の中には、真実が紛れていることがある。

 さっきのセラフィーナの言葉に乗っかるようなノリのいい女将さんなら、思った通り何か聞けるかもしれない。

 自分がそう考えていることをエルヴィーノが言うと、セラフィーナは納得したように頷いた。


「この話はもういいだろ? ギルドへ行こう」


「は~い」


 エルヴィーノの指導もあって、セラフィーナは戦闘面においてはかなりの実力者に育つことができた。

 そのため、魔物を討伐して資金を得るということに関しては得意だが、こういった情報収集がいまいち成長していない。

 困ったものだと思いながら、エルヴィーノは話を終えてギルドへ向かうことにした。






「すんません」


「はい。いらっしゃいませ」


 宿屋の女将さんに聞いたこともあって、ギルドはすぐに見つかった。

 そして、ギルドに入ると、エルヴィーノたちは受付に向かっていき、受付にいた青年に話しかけた。


「ちょっと所長と話がしたいんだけど、取り次いでもらえないか?」


「えぇ~……と」


 このギルドでは見たこともない冒険者。

 おそらく、別の町から来たのだろう。

 そんな冒険者がいきなり所長に用があるなんて、どういうことなのかと受付の青年は躊躇いの表情を浮かべる。


「シカーボの町のギルド所長からの紹介状だ。これを渡して確認を取ってくれ」


「えっ? あっ! わかりました」


 昨日会った時に、エルヴィーノはトリスターノから紹介状を渡されていた。

 それを見せれば、ヒアーサのギルド所長が協力してくれるだろうと言っていた。

 中身は読んでいないが、恐らくは男爵家の事件に関連することだろう。

 そのため、シカーボの町のギルド所長であるトリスターノの印が押された紹介状をギルド所長に渡すように言って渡すと、受付の青年は慌てたように受付の奥にあるギルド所長室へと向かって行った。


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