第 4 話

「ふぇ……」


「おっと、目が覚めたか?」


 一角兎の大繁殖の討伐を完了し、エルヴィーノは冒険者たちとともに帰町した。

 そして、ギルド所長のトリスターノに報告を終え、買い物をして家へと帰ることにした。

 買い物を終え、帰宅途中。

 これまでぐっすり寝ていた赤ん坊が目を覚ました。


「ふえ~ん!」


「おっとっと、お腹が空いたのか?」


 目を覚ましたと思ったら、赤ん坊が泣き始めた。

 朝と討伐に向かう移動中にも与えたが、それから4時間近く経っている。

 そろそろおなかが空く時間だろうと、エルヴィーノは赤ん坊が泣きだした理由がミルクだと判断した。


「ノッテ、ジャン急ぐぞ!」


「ホ~!」「ガウッ!」


 泣き出した赤ん坊をあやしながら、エルヴィーノはノッテとジャンに声をかけて走り始める。

 理由がわかっているからか、2体の従魔たちはすぐに返事をしてエルヴィーノの後を追いかける。


「すぐ着くからちょっと待ってくれな?」


 魔力を使用しての高速移動。

 それによって、走り出したエルヴィーノたちは、言葉通りあっという間に家に着いたのだった。






「あむ、あむ……」


 家に着いたエルヴィーノは、すぐにミルクを用意し、赤ん坊に与えてみる。

 哺乳瓶を咥え、ご満悦といった様子の赤ん坊。

 エルヴィーノが思っていた通り、お腹が空いていたようだ。


「平気みたいだな……」


 エルヴィーノが用意したのは、ヤギミルクの粉末から作ったミルクだ。

 母乳とは違う味や香りから、赤ん坊によっては嫌がる場合もある。

 そのため、もしもこの子が嫌がるようなら赤ん坊のいる家を探して頼み込むしかないと思っていたのだが、どうやら問題ない様子だ。

 余計な手間がかからないことがわかり、安堵したエルヴィーノは小さく呟いた。


「ケプッ!」


「それにしても……」


 ミルクを飲み終わり、背中を撫でると、赤ん坊の口からかわいらしい音のゲップが出る。

 そして、おなかが膨れてニコニコしている赤ん坊を見ていたエルヴィーノは、ふと思うことがあった。


「もうちょっと親を求めるかと思ったんだけどな」

 

 赤ん坊なら両親、特に母親のほうを求めるように泣くと思われるのだが、この子はミルクとトイレの時以外で泣いていない。

 手間がかからない分、楽でいいのだが、なんだか少し拍子抜けした気分になる。


「あうぅ……」


「おっと、おねむか?」


 お腹が膨れたことで眠くなったのか、赤ん坊はウトウトし始めた。

 それを見て、エルヴィーノは帰りに買ってきたベビーベッドに赤ん坊を寝かせる。

 すると、赤ん坊はすぐに眠りについた。


「ノッテ、ジャン、夕飯の準備を始めるからこの子のこと頼むな」


「ホ~!」「ガウッ!」


 影収納の中から兎肉を取り出し、エルヴィーノはノッテとジャンに赤ん坊を見ているように頼む。

 それに対し、夕飯と聞いたノッテとジャンは嬉しそうに返事をした。


「さてと……」


 ノッテとジャンは肉料理が好きだ。

 今日の夕飯はそれが期待できるため、ベビーベッドのそばで嬉しそうに待っている。

 その様子を見たエルヴィーノは、赤ん坊のことを任せ、夕飯の調理を開始した。


「フフフ~ン♪」


 エルヴィーノは料理が好きだ。

 特に一日の終わりとなる夕飯が好きなため、少し手間をかけるようにしている。

 朝食はジャンに任せているが、それも基本的にはエルヴィーノが用意した食材を盛りつけただけの簡単なものだ。

 何を作るか考えていると、エルヴィーノは思わず鼻歌が出てしまった。






「お~し! 料理できたぞ」


「ホ~!」「ガウッ!」


 少しして、エルヴィーノはノッテとジャンに声をかける。

 それを受け、ノッテとジャンは待ちかねたと言わんばかりに、ダイニングテーブルへと駆け寄る。

 そして、テーブルいっぱいに乗った料理の数々を見て、嬉しそうな声を上げた。


「さて、食うか?」


「ホ~!」「ガウッ!」


 酒瓶とカップを片手にダイニングテーブルの椅子に座ったエルヴィーノの言葉に、ノッテとジャンは何度も頷く。

 そして、エルヴィーノたちは勢いよく料理を食べ始めた。


「……それにしても、なんか手がかりおいてけよ」


 テーブルの上の料理も大半が食べつくされ、食事が終盤に入ったころ、エルヴィーノは赤ん坊の今後のことを考え始める。

 まず、今のところ「あなたの子です」という手紙以外何も手がかりがない。

 もちろんこの手紙からでも手に入れられる情報はある。

 緻密な魔力制御ができるエルヴィーノだからこそわかることだが、この手紙に触れた人間の極々僅かな魔力が探知できた。

 同じ魔力を持つ人間がエルヴィーノの探知の範囲内に入れば、すぐに見つけることはできるだろう。

 しかし、その魔力の持ち主に近づかなければ見つけることなんて難しい。

 持ち主に近づくためにも、他に何か手がかりが欲しい。

 そのため、赤ん坊を置いて行った人間に対して、エルヴィーノは愚痴をこぼした。


「んっ?」


 エルヴィーノが何となく赤ん坊の入っていたかごの中を探っていたら、敷かれていた布の下から、一枚のカードのようなものが出てきた。


「おぉ! ステータスカードだ!」


 ステータスカードとは、名前や性別や年齢など、持ち主の個人情報が登録されているカードだ。

 子供が生まれたとき、役所に届けると発行してもらえる。

 そのカードが入っていたことに、エルヴィーノは手がかりを得たと嬉しそうに声を上げた。


「っていっても、どこまで表示されるか分かんねえからな……」


 ステータスカードを見つけたエルヴィーノは、すやすやと眠っている赤ん坊のベビーベッドに近づく。

 そして、寝ている赤ん坊を起こさないように、ステータスカードに触れさせた。

 というのも、ステータスカードは持ち主(赤ん坊の場合は両親)以外が情報を見ることができないためだ。


「名前と年齢と性別か……」


 赤ん坊に触れたカードが示したのは、エルヴィーノが言ったような内容だった。

 どうやら、この赤ん坊の両親は、この3つの情報以外他人に見られないよう設定していたようだ。


「オルフェオ……か」


 赤ん坊のステータスカード。

 性別は当然のこと、年齢も予想通り、生まれて半年。

 それよりも気になっていた名前。

 エルヴィーノは、カードに記された名前の部分を見て呟いた。


「元気に育てよ。オル」


 オルフェオ、略してオル。

 その名前を呼びつつ、エルヴィーノは赤ん坊の頭を撫で、ダイニングテーブルに戻った。


「まぁ、名前だけでも分かっただけましか……」


 ステータスカードには魔力痕跡が見当たらない。

 いくらエルヴィーノでも、魔力が残っていなければ触れた人間のことなんてわからない。

 おそらく、最後に誰かが触れてから、時間経過と共に魔力が空気中に霧散してしまったのだろう。

 そのせいで魔力痕跡が消えてしまったようだ。

 結局、ステータスカードが見つかり、赤ん坊の名前がわかっただけでも良しとした。


「ホ~!」


「ガウッ! ガウッ!」


「んっ?」


 赤ん坊のステータスカードを手に入れたとはいえ何の情報も得られず、テンションが上がらないでいるエルヴィーノに対し、ノッテとジャンが声を上げる。

 2体の従魔が指し示しているのは、エルヴィーノの隣の椅子だ。


「あぁ~……」


 それだけで従魔たちの言いたいことが分かった。

 そのため、エルヴィーノは思わず声が漏れた。


にも説明しないとな」


 この家の住人は、エルヴィーノたち以外にもいる。

 たまたま数日前から出かけていたためいなかったのだ。

 いきなり赤ん坊の面倒を見なければならなくなったのだから、その者にも説明しなければならない。


「あ~ぁ、面倒臭っ」


 同居人に説明するとなると、色々と面倒なことになることがわかりきっている。

 そのため、今から渋い表情になるエルヴィーノだった。


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