第6話

 勢いで辞めてしまったが明日からどうしたものかを考えていなかった。

 この際、アットブル社へ面接に向かうべきだろうか?


 ──いや、先方を怒らせたばかりだ。その選択は最後にして他社へと転職すべきであろうか?


 そんな事を今更のように考えているとスリップした車がぬかるみにはまっているのが見えた。

 その車に先程、辞めたばかりの会社の同僚になっていただろうクレイウォーカー乗りが群がって来る。

 丁度良い。クレイウォーカーをグレイヴ・ウォーカーと呼ぶ彼等が如何に紳士的なのか見定めよう。


「これはこれは・・・アットブル社の社長殿じゃねえか。こんなところで立ち往生か?」

「言葉にお気をつけなさいな。あなた程度が気安く話しかけて良い相手ではありませんよ?」


 ふむ。車の主はアットブル社の社長殿か・・・どちらに転んでも火に油を注ぐ自体になりそうだ。

 そんな社長殿にクレイウォーカー乗り達が笑う。なんとも世紀末じみたばか笑いだ。品性を疑ってしまう。


「これは困りましたね?・・・出来れば、穏便に済ませたいのですが・・・」


 私はこの土壇場でも慌てない彼女の器のデカさに脱帽する。

 社長らしいなんたる風格のデカさか・・・。


 そんな事を考えていると可愛らしい少女が車の窓を開け、私の方を向く。

 危機的状況であるにも関わらず、周囲に目を配る視野の広さは伊達ではない。


「そこで観察しているあなたはこの状況をどう思います?」


 社訓にも色々あるが上司たる者は動かざる事、山の如くと言う言葉もある。

 少女は徹頭徹尾、上司になる為に生まれて来たような逸材だ。なれば、より有能な存在を生かす事を優先にした方が良い。

 私は彼女に降りかかろうとする火の粉を払うように車を守る。


 そんな彼女に私は質問した。


「つい今しがた会社を辞めてしまいました。私としましては貴社に誠心誠意、社会的奉仕を致したいのですが、貴社は私の希望する仕事を頂けますでしょうか?」

「ご希望とあらば・・・わが社はより有能な部下を重宝致します」

「有休は買い取って頂けますか?」

「それは難しい相談ですが、あなたの望みは社会的奉仕なのでしょう?・・・有休も義務付けますし、休憩もきちんと取って頂きます。残業代もきっちり払いますとも」


 その言葉に電流が走る。いままで馬車馬のように働けるだけでなく、有休制度や残業代も出る?──なんて、恐ろしいところなのだろうか?

 そんな状況化で社員の士気は上がるのだろうか?


「それで・・・あなたの答えは?」

「ご提案頂きまして有り難う御座います。前向きに検討させて頂きます」

「即決はされないので?」

「以前の会社に慣れてしまいましたので検討に時間が掛かると思われます。その為に今回の件はより吟味してから、お答えさせて頂く所存で御座います」

「ふふっ。真面目な方ですのね?・・・ますます、わが社に欲しい逸材ですわ」

「私ごときに恐縮で御座います」

「いずれ、私自らヘッドハンティングしても良いのですが、部下に任せた案件を上司が奪うのは社員の士気に関わりますのでね。私の部下がスカウトしに来た時により良い返事を頂ける事を心よりお待ち申し上げますわ」


 私と社長殿のやり取りにクレイウォーカー乗り達が戦慄する。企業と個人のやり取り。

 圧倒的な企業スカウトのやり取り。

 グレイヴ・ウォーカーと呼称する者達には絶対出来ぬ社会的ルールでのやり取り。

 あまりにも流暢なやり取りに対応出来なかったらしい。


「さて、スカウトの案件は持ち帰ると致したいところなのですが、あなた方はこのままで良いので?──いえ、既に良いも何もありませんか。私は会社を辞めてしまった身ですので」


 私はそう言うと一歩前に出る。グレイヴ・ウォーカーを呼称するオーシャン社のクレイウォーカー乗り達が怯む。

 そんな彼等を見て、私は失望してしまう。


「わかってはいた事を承知で申し上げます。あなた方には社会的奉仕をする立場としての心構えが足りない。

 社会人たる者、考える前に即行動に移さねば好機を逃しますよ?」


 私はそう言ってスラスターを出力させつつ、固定ライフルを発射する。

 このクレイウォーカーには乗り慣れている。故に弱点も把握済みだ。

 即ち、パイロットへの直接攻撃が可能な事だ。

 赤い飛沫が舞い、刹那的な遅れで2機が地面に倒れる。

 オーシャン社のクレイウォーカー乗り達は合計4機。

 あとは業務を完遂する事のみ、慌てて発砲して来たライフルの弾をシールドアームで防ぎ、そのまま突撃してパイロットを圧殺して更に相手が反応するより早く此方が行動し、最後の1機を始末する。

 3秒のロスしたが、貴重な3秒だ。その間、反撃するか悩み、動けなかったとしたら社会人失格である。


「それではこれにて失礼致します。貴重なお時間を頂きまして有り難う御座います」


 私は社長殿に一礼してから、その場から離脱する。

 そんな社長殿にアットブル社のクレイウォーカー達が入れ違いで確認しに向かう。

 スカウトの話はきちんと考えた上でお受けするとしよう。

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