第5話

 エンジン音を響かせながら通り過ぎるトラックを見て、ホッとする。

 あのロゴはオーシャン社で間違いないだろう。

 紆余曲折したが、ようやく社員として働ける。


 私はクレイウォーカーを専用駐車場に移動させ、背筋を伸ばす。


 ──よし。これからが本番だ。


 私はオーシャン社東アジア支部と書かれた看板を確認してから中へと入り、受付へと向かう。


「誠に申し訳ありません。私、配属された826なのですが・・・」

「あ?あんだって?」

「ですから、オーシャン社テストパイロットから正式にパイロットになった者なのですが!」

「あ?あたしゃあ、まだピチピチだよ?」

「ああ。その受付の婆さんに話し掛けても意味ねえぞ」


 欠伸を一つしながら独特な臭いがする男がそう言って二階から現れる。


「あ~っと、なんつってたか忘れちまったが、うちに配属されるなんざあ、よっぽど上から嫌われたんだろうな?・・・ここは無能呼ばわりされた奴が集まるオーシャン社の墓場だ」


 男性はそう言うとビンに入った酒──ではなく、クレイウォーカーの燃料を飲むので流石に驚く。


「ん?ああ。これか?・・・最近じゃあ、グレイヴ・ウォーカーなんぞは誰も動かさないだろうからな。あんたもどうだい?・・・ガンパウダーよりも飛ぶぜ?」

「グレイヴ・ウォーカー?・・・クレイウォーカーではなくてですか?」

「ああ。俺達にとっちゃあ、墓歩きって意味でグレイヴ・ウォーカーの方がしっくり来るさ。

 なんだ、あんたもグレイヴ・ウォーカー乗りの後輩かい?

 なら、そんな会社の礼節なんぞ、かなぐり捨てて楽になっちまえよ?」

「お気になさらず。これが素ですので」

「またまた、そんな堅い事を言って何かやらかしたから、こんなちんけな支部にぶっ込まれたんだろ?」

「いえ、本来は中央支部に配属予定だったのですが、アットブル社に先日付けでなったとかで・・・」


 そう言った途端、男性の顔がみるみると赤から青ざめた表情へと変わって行く。

 血の気が引くとはまさにこの事だろう。


「あんた、番号は幾つだ?」

「番号ですか?826ですが・・・何か問題でも?」


 質問して来たのは男性の方なのに物凄い勢いで腰を抜かして後退る。


「な、なんで生きてんだよ!?わざわざ、アットブル社に内通したってのに!?」

「落ち着いて下さい。内通とは?」

「い、いや、待てよ。いま、ここでこいつをやっちまえば、問題ないよな?──そうだ。それなら問題ねえよな?」


 自問自答している男性はそう言うと受付カウンターの角で持っていたビンを叩き割り、それを此方へと向ける。


「・・・へ、へへっ。ぶっ殺してやるぜ!」


 ・・・ふむ。敵対して来る男性といい、内通の話といい、ここは無能の溜まり場と言うのは本当そうだ。そうなると私も無能として処遇されたのだろうか?


 もう少し詳しい話を聞きたいが、男性は殺意満々なので、これ以上の会話は困難だろう。

 何よりも相手は相当、キマっている。

 致し方ないが正当防衛として処分しよう。


 私はゆっくりと構えると男性は後退り、へっぴり腰で割れた瓶を突き付けようとして来る。


「あなたもさぞやお疲れでしょう」

「あ?なんだ、急に?」

「間もなく、定時退職の時間だと言う事ですよ」

「訳のわからねえ事を!これだから社畜は大嫌いなんだよ!」


 そう叫ぶと男性は覚悟を決めたように突撃して来る。

 それを捌いて男性の腕を掴むと、弧を描くようにして背後を取り、背中から割れた瓶を男性に突き刺す。

 私が行ったのは護身術としてテストパイロット時に教わった合気道の類いだが、まさか、入社早々に役立つとは思わなかった。

 男性が絶叫して海老ぞりに倒れると私は周囲を見渡して、それを手にする。


「入社早々で何なのですが、ここに私が出来る事はなさそうですので転職致します」

「ま、待ってくれ!死にたく──」

「短い間でしたが、お世話になりました。更なる発展をお祈り申し上げます」


 私はそう言って退室しながらライターの火を点けて後方へと投げ捨てつつ、扉を閉める。

 そして、再びクレイウォーカーの前まで来ると特に思い入れがあった訳でもないオーシャン社に一礼して、その場を後にする。

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