張りきった糸
「ブラボーチーム、6機中5機が大破! HM-52P、残り一機です」
モニターだらけの司令室にオペレーターの声が響き渡る。それに負けじとサイレンがうんうんと唸り、赤い光で部屋中を照らした。司令室中央の大きなモニターには機体の損傷状態やレーダー、HM-52P汎用人型戦闘兵器の燃料残量や残弾数などが表示されている。機体の頭部に取り付けられた小型カメラから送られる映像は今や一つしかない。
HM-52P汎用人型戦闘兵器とは2052年現在開発が進められている兵器であり、Pとある通りこの機体はまだ試作機であり、いつどのような問題が起ころうと何も不思議なことではない。しかし、この兵器の何が恐ろしいかというと、それは自律戦闘を行いうるという点にある。つまりこの汎用人型戦闘兵器にはパイロットが搭乗しておらず、いわゆる無人機というヤツなのである。
「司令! 6号機パイロットから通信が入りました! 作戦行動に支障なしとのことです」
HM-52Pのパイロットとあるが当然人間のパイロットなどいるはずもなく人間の脳に様々な機器を取り付けたものが備え付けられている。機械だけで自律思考を行うことは困難を極めているため、完全に無人で戦闘を行わせるためには技術不足である。そのため自律思考ができる物が必要になった。それが人間の脳なのである。人間の脳を人工知能が使えば、そこには知性が誕生する。だから、人間と同じように考え、話すことができる。
「ここでHM-52を失うのも手痛いが、ここで彼を撤退させても我々が奴らに潰されるだけ......か。作戦は続行させろ。佐山、外の様子はどうだ?」
指令の風山は言う。彼の手には汗がじんわりと滲み出ていた。
「無数のドローンと鉄人形が基地を襲っています!ドローンに関しては今もなお増え続けている模様です。このままでは押し切られてしまいます!」
佐山は絶望の色を隠せずにいた。
「人型兵器のパイロットはどうだ?」
「6号機パイロットは無事です。ですが、こちらの被害も深刻です」
佐山の返答に風山は唸る。
「奴らはここに何しに来たんだ?」
「情報が間違っていないのならば、新兵器の実験だと思われます!」
佐山の答えに風山は拳を握りしめる。そして、怒りをあらわにした声で命じた。
「クソどもが!!新兵器の実験ついでに我々を潰す気か。 しかし、我々はここで負けるわけにはいかない! HM-52P!こちらのことは気にするな、お前は敵の旗艦をやれ!強大な力に溺れ、この国を管理社会にしようとしたあの悪党に一矢報いるのだ!」
風山は佐山のマイクを6号に繋ぎ、直接命令を下した。
「了解。本後の巨大施設へ侵入を開始、ジェノサイダーの破壊を試みる」
風山は通信が切れたのを確認し、ふうと大きく息を吐いた。そして佐山をまっすぐに見据える。
「さて佐山、俺もそろそろ出撃するかな」
「司令!? 危険です!」
風山は苦笑しながら言った。
「しかし、ここで食い止めなければこの国の未来はないぞ?」
佐山はその風山の正論に答えられなかった。風山はうんうんと頷くと佐山の肩に手を置き言う。
「お前はシェルターへ行け。ここはもうだめだ」
佐山は視線を風山から反らし、顔を下に向けた。歯を食いしばり「幸運を」と一言残し風山に背を向けた。「あとは任せる、じゃあな」風山は佐山の背中にその言葉を投げかけた。
風山は長らく使われていなかった格納庫へ向かった。清潔感はなく、じめじめとした薄気味悪いところだった。風山が乗るHM-43の傍にはエンジニアがおり、整備をしているようだった。
「よおバカ女、あんたも死にに来たか」
灰色の作業着を着たその女は笑う。
「君は今や司令なのに根はまだ変わらないらしいね。ほぼ展示品だったこいつがポツンと残ってたからちょっとかわいそうだったんだ。だから最期だけでも綺麗にさせてあげようと思って。君が来るとはね。人形機乗りとしての君のフライトが見れるのは私としてもうれしいことだ」
エンジニアの名は霧島。彼女が整備しているHM-43という汎用人型戦闘兵器は2043年に完成こそしたものの、数多くの問題点を抱えており、実際に運用された例はまだない。人が乗り込む設計のため、全長はHM-52Pより大きい8mほどとなっている。
「俺のフライトを最期に目に焼き付けられるなんて幸運な女だ」
風山はフッと笑うとコクピットハッチを開放させ乗り込む。HM-43は直感的に操縦できるようにと、全身で操縦するという独特な操縦方法を採用しているため、立ったまま乗り込んだ。機体にゆとりというものはそれほどなく、専用の隙間に四肢をはめる必要がある。ヘルメットを被るとヘッドギアのスイッチを入れ、システムを起動させた。両腕で隙間の奥にある操縦桿を握るとコクピットが風山の体にフィットし、自由な操作が可能となった。
「それに乗るというなら勝っても負けても命はない。わかってるね」
霧島はハッチを覗いて言った。
「分かっている。俺を誰だと思ってるんだ」
「はいはい。それくらいは知ってて当然だったね」
二人は笑った。この先の死など目にくれず、たった今、この瞬間に生きていた。
「幸運を」
霧島はその言葉とともにハッチを閉めた。コクピットにモーターの駆動音が鳴り響く。
「あーあー、聞こえてる?時間がないから手短に話す。今の右腕には口径20mmのバルカン砲が装着されてる。弾なら使いきれないほどあるはずだから気にしなくていい。両肩にはミサイルポッドが乗ってて同時ロックは10体まで可。それ以外の武装はなし」
無線の奥から彼女の声がした。風山は「了解」とだけ返した。
「さて、機体のロックを解除するよ。20秒後に隔壁が開くから急いで準備して」
風山の乗るHM-43は格納庫からゆっくりと歩みを進める。鋼鉄の巨人が一歩一歩踏みしめるたびに地面が振動した。
「隔壁開放、ロック解除確認! 良いフライトを!!」
HM-43はそのまま歩みを続け、隔たれた隔壁を抜けると無機質な通路に出た。通路は明かりに照らされており、床には赤いラインが引かれていた。赤いラインの先の隔壁も轟音を立てながら開き、外からの光が入り込んだ。
「ブースト展開」
HM-43は急加速し、一気に外まで前進した。しかし、このブーストは問題点の一つであり、対Gスーツを装備していたにしても急な加速で身体へ負荷をかけてしまう。風山は負荷に耐えるため歯を食いしばる。
「機体の状況を確認」
風山は外部カメラを動かし、周囲の状況を確認する。ドローンが十数機、敵が操縦する地対地人型兵器、鉄人形の姿が映った。
(やはり来たか)
風山は予想通りの展開にニヤリとした。
(では先に作戦を遂行することにしよう)
HM-43は脚部ローラーを逆回転させ、急激に停止した。その一瞬の出来事に敵も味方も動きを止める他なかった。敵側の機体と視線が一瞬交差する。
「風山!?」
無線からエンジニアの霧島が叫ぶ。しかし、風山は彼女に命令を下した。
「いいから黙って見ておけ!」
HM-43のヘッドギアから轟音が鳴り、正面を見据える。背部と脚部に装着されたジェットエンジンが火を噴いた。機体は一瞬で時速700kmまで加速する。
HM-43はドローンの集団にミサイルを放った。大量の小型ミサイルはまるで豪雨のごとく降り注ぎ、目の前のドローン全てを鉄屑へ戻した。爆発音の中、風山は敵艦に照準を合わせる。
「撃て! 撃て!」
HM-43は右腕に装備された20mmバルカン砲を発砲した。それはまるで弓の弦が弾かれるかのような音を出し、光の筋が敵機へと伸びてゆく。しかし、弾丸は一発も敵機に当たることはなかった。敵機はその巨体からは考えられない速度で銃弾を回避すると反撃に転じた。それを確認した風山は次なる行動に移る。
「くっ、ミサイルポッド展開」
HM-43のミサイルポッドが展開する。HM-43の肩のポッドが開き、そこからミサイルが次々と射出される。数秒後、敵味方が入り混じった戦いの中で風山の乗る機体から放たれたミサイルは見事に敵の一機を捉えていた。
「1機撃墜!」
風山が叫ぶと霧島は「やった!」と無線を通した。
「安心するなバカ女。俺もお前も先は長くないんだ」
無線から「その通りだね、このバカ野郎が!」という声が聞こえた。風山はクスリと笑う。
「2機目を仕留める!!」
HM-43は再びミサイルを放つが敵の操縦する鉄人形の大型シールドにより損傷は確認できなかった。不幸中の幸い、いや当然のことだろうがミサイルを防いだシールドは跡形もなく消えていた。
(クソ!)
HM-43はバルカン砲を発砲するも今度は敵もそれを読んでいたのか、あっさりと回避される。
(どうすれば……!?)
風山の焦りを感じた霧島は彼へ冷静に伝えた。
「慌てるな! 攻撃が効かないなら接近しろ!HM-43の武器はパイロットをも殺す機動力だ。簡単に背後をとれるはずだ!」
(分かっている……)
HM-43の大型スラスターが唸り、敵への突進を試みる。しかし、敵もそれは予想していたのだろう。敵の鉄人形は距離を取ろうと後退する。HM-43は追いかけるようにスラスターを噴かし、前進した。敵機は持っていたライフルを連射するがHM-43の立体的な機動の前には無力だった。そしてHM-43は敵機を追い越した。敵機はてっきり特攻を仕掛けてきたものだと思ったのか少しの間ぽかんとしていた。その隙に急ブレーキをかけたHM-43に背後から蜂の巣にされた。
(思い出した。もう、俺に敵はいない)
風山はにやりと笑った。無線からは霧島の悲鳴のような叫び声が聞こえる。
「前だ!風山!」
「分かっている!」
HM-43のヘッドギアから敵のミサイルアラートが鳴った。しかし、それは予想済みのことだったため、冷静にバルカン砲を敵へと発射した。敵は上空へ飛び上がり回避を試みるがそれも予測済みだった。バルカン砲は敵に命中し、機体は空中で爆散する。
(俺が……勝ったか……)
風山は安堵してため息をついた。戦っていた敵機が全て視界から消え、体の力が抜け始めた。
「風山!まだ終わってないぞ」
霧島が風山を現実へ引き戻す。
「クソ!!」
風山はスラスターの出力を上げ、急加速した。敵はまだかなりの数だ。とても一人で対処できる数ではない。だが風山はHM-43を駆り立て敵陣へ突っ込む。できるだけ多くを、道連れにするために。「1機!2機!!3機!!」
敵を破壊する度、風山は速度を上げていく。気が付けば敵は鉄人形一機を残すのみとなっていた。ただ、コクピットの内部は風山の咳の音と血の匂いで充満していた。風山の内臓はもはや機能しておらず、意識は酷く朦朧としていた。
仲間はもうどこにもいなかった。おそらく最後の一機であるあの鉄人形にやられてしまったのだろう。HM-43のロックオンアラートが鳴る。風山は敵が放つマシンガンの弾をスラスターによる急速回避で避け、バルカン砲を撃ち込む。
(あと1機で終われる)
そう思った矢先だった。HM-43の右腕が吹き飛び、持っていた20mmバルカン砲ごと消失した。
(クソが!!)
HM-43は両肩に装備したミサイルポッドを展開するもミサイルは発射されなかった。HM-43および風山は完全に丸腰となった。
「ゲホッ......ああ......霧島、もう武器が、なくなって......」
「......体術で始末するしか......」
無線の終わり際に鼻をすする音が入った。風山がそのことを気にする余裕はもう無いに等しく、彼は何も考えずその言葉に従い敵に突撃した。スラスターは限界出力、機体は急加速により軋み音を上げる。HM-43は敵へ拳を叩き込むべく、先と同じように背後に回り込み殴り掛かるが敵機はそれを読んでいたらしくHM-43の右足を根本から蹴り飛ばした。
「ぐあああああああ!!」
コクピットが大きく揺れ、風山の体に激しい痛みが走る。HM-43は足を無くし横に倒れた。風山の意識はますます遠のいていった。
「風山!風山!」
無線の奥からは女の叫び声が流れているような気がした。都市迷彩カラーリングが施された機体のハッチが開き、中から男が飛び降りる。
「お前、よくもまあこれほどやってくれたもんだねえ」
その男はずいぶんと若かった。隊長格であるはずなのだが仲間を思いやるそぶりを見せない。
(あと一人......あいつだけなのに......)
風山は脱出を試みようとするが叶わない。それはHM-43の問題点でもあるからだ。HM-43の設計上一人で機体から降りることは困難を極める。それに加え風山の身体はもう限界を超えてしまっていた。視界は霞み、何も見えず、ただ口から血を垂れ流すだけだった。
「何!?まさか、そんなことがあり得るのか?すぐ戻る......あり得ないぞ、そんなこと......」
男は何か無線を受け取ると機嫌を悪くし鉄人形に乗って足早にそこを去っていった。
「こちらブラボー6、敵ジェノサイダーを破壊した。繰り返す、敵ジェノサイダーを破壊した」
HM-52Pの生き残りが無線でそう言った。特に喜ぶ様子もなくあくまで無感情な声だった。
(やったのか......これで、本後の国は......)
男は張りきった糸がプツンと切れたように眠りについた。
戦争の夕暮れ 空野宇夜 @Eight-horns
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。戦争の夕暮れの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます