第3話
きっとこれは夢だ。
私は外を歩いている。
いつもの並木道にお気に入りのお店、朝はパンとコーヒーの香りで包まれる商店街。ここを通る人も車もカラフルで私はここを歩くのが好きだった。
あ、前にいるのはかなで?
駆け寄ろうとして転がる。
とっさに着いた手は赤く血が滲む。ジンジンと熱を帯びた痛み。
立とうとしてまた、転ぶ。
右足首が動かない。
道行く人々は素知らぬ顔で過ぎていく。
「かなで、助けてかなで」
かなでは振り向かず見えなくなった。
右足首から膝、股関節、同様に左も動かなくなる。何も絡み付いていないのに何かに押さえつけられているようで自力ではどうにもできなかった。
「助けて、誰か」
誰にも見えなくなってしまったのだろうか。
なんとか上体を起こすと動かない足から芽が出ていた。それはみるみる大きくなり、私を巻き込み樹木になった。指一本動かせなくなり、何も感じなくなった体。もう声も出せない。
私はこのまま木の中で死ぬのだろう……。そんなことを思っていると下の方から声が聞こえる。
白い服を着た二人組が何か紙を見ながら話していた。
『これッスかね?』
『ああこれだこれ。歩道に生えた邪魔な街路樹』
嫌な会話。手には小型の電動ノコギリ。
『片付けしやすいように細かくッスね』
――やめて。私はここ、ここにいる!
「やめて!」
私はきっと何かがおかしい。
朝、目覚めて最初に思ったことがこれだった。
ぐっしょりと濡れた寝間着を着替えながらも夢の中の出来事が現実のように頭を巡っている。
心臓は息切れするくらい激しく暴れまわり、落ち着く気配をみせない。神経が鋭くなり、風がガラスを叩く音ですら全身が強ばった。窓の外を白いビニール袋が飛んでいくのを見て心臓が跳ね上がった。
頬に張り付いた髪はむず痒く、適当に結ぼうと髪ゴムを探す。
机の引き出しに探し物はあった。
ごちゃごちゃとした引き出しの中でそれだけは箱に入っていた。黒いゴム。
持ち上げると金色の飾りが付いている。指の幅三本分くらいの平たい丸は
よく見るとマット加工でウサギが描かれていた。
「月?」
ゴムの下に手紙が入っている。
『楓へ
誕生日おめでとう。
かなでお手製の満月をあげます。
いい■■歳にしろよ!
かなでより』
裏に『一緒に買った真鍮セットで作りました』と小さく書かれている。
「ふふ、少し歪んでる」
真鍮セット……。
その時、激しい頭痛が私を襲った。
歪な満月 宿木 柊花 @ol4Sl4
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。歪な満月の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます