第六集

 御仁は、許宇様が連れてきた雑用係に連れられていった。

 もう一人の雑用係に部屋の片づけを命じ、許宇様は俺についてくるように言った。

 連れだって外に出る。昨日は青白く厳かに光っていた白砂が、今日は天上の陽光を受けて、キラキラと輝いていた。

 人気がなくなったのを見計らい、俺は訊いた。

「私が狙われていると、ご存知だったんですね」

「状況的にな。それに、あいつがおまえを見る目が、いつも薄ら暗かった」

 そうなの!? 思わず隣の許宇様を見たら、突如、噴き出された。

 やっぱり聞いていたのか、「ばーか」ってヤツ。

 苦々しい思いでいると、何度か咳ばらいをして表情を収めた許宇様が、やや涙目で俺を見下ろし、

「色々と甘いが、一人で解決しようとしたその意気やよし! 再合格!!」

 「――は?」呆けた声が出た。

「先に一度話した時、おまえは同意したぞ。私の『細作』になることを」


 細作しーつお? 


 「それってスパイ――」言いかけた口が塞がれた。

 

 許宇様曰く、各国から来る使節団には、諜報活動を行う不届き者が少なからずいる。だが使節団を四六時中見張ることは不可能で、言葉の問題もある。だから使節団から適当な人材に目をつけ声をかけ、内部を探らせている――と。

「仲間を売るってことですか!?」

「ほう、つまりおまえの使節団には細作がいるんだな」

「いるわけない! ――じゃないですか」

 多分。

「なら問題ないだろう。何もしなくても報酬がもらえるんだから」

「報酬?」

「さすがに国禁書は無理だが、それ以外はできる限り融通しよう」

 聞いたことある。遣唐使は行動だけじゃなく、持ち帰れるものにも、かなりの制限があったと。

 壱岐くんが細作を了承したなんて信じられなかったけど、それで納得した。


 彼はきっと、見たかったんだ。本来なら手に入らないはずの、たくさんの書物や絵画が見せてくれる、新たな世界を。そうでなければ――俺はくたびれた本を思い出した。


 「分かりました」壱岐くんが決めたなら、俺が断る理由なんかない。

 だけど。

「彼は、どうなるんですか?」

 俺はそう言って、二階に目を投げる。つられたように上を見上げた許宇様は、「ああ」と声を上げ、

「数日後に帰国の途につく大使一行と一緒に都から出す。それまでは大使たちと同じ建物に移動させ、監視役を付ける。その後は、どこぞの城市の学校に行かせよう。都には留学生が溢れている、転籍などよくあることだ」

 それならよかった。これで壱岐くんは安心して勉強に励めるはず。

 「ありがとうございます」俺は深々と頭を下げた。そして、

 「ところで、早速お願いがあるんですが」

 


                   ◆



 その日の夕刻、俺は鴻臚客館を出た。

 「ここで待っていてください」

 十字路に差し掛かったところで、お目付け役として許宇様が寄越した雑用係に、俺は声をかけた。

 一人歩き出したその先、一つの屋台があった。

 ――あの店だ。

 俺は立ち止まり、袖の下でぐっと拳を握りしめる。


 空の縁には夜の気配が忍び込んでいて、閉門を告げる暮鼓が鳴っている。

 店先の赤い束を忙しく片付けている店の店主が、ふと顔を上げた。あれ? あの店主――そう思ったとき、彼と目が合った――。

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