梅野の作戦

 翌、金曜の放課後。第三選択教室に集まった四人の候補者と、八人の推薦人に平森先輩の話とほぼ同じ内容の書かれたプリントが配られる。選挙管理委員会顧問の女川先生は体育科の先生らしくそれを端から端まで細かく説明する。

 実際より長く聞こえる話が終わると、各々荷物を纏めて教室を出る。俺が平森先輩と演説会の話をしている間に、二年の先輩達は既に帰っている。平森先輩も話が一段落ついたところで、勉強があるからと言って帰られた。

 さて、俺も原田と、帰ろうかと言っていたところで声を掛けられた。梅野だ。

 「岩間くん、ちょっと話があるんだけど来て」

 扉の前に居た俺は窓の前の梅野に手招きされた。もう、なんだよ。ごねても面倒なだけなので近づくと、さっきより格段に声を小さくしてこう言ってきた。


 「俺と組んで、江古田先輩を陥れないか?」


 は? 

 何言ってんだこいつ? 

 俺が黙っていると、更に続けてきた。

 「演説のとき、届出順に喋るから俺が一番最初で、岩間くんが一番最後に喋るじゃん。で、その間に江古田先輩が話す。」

 それはそうだ。だからどうした。

 俺の顔色も窺わずに梅野は勝手に話し続ける。

 そうしてその顔が段々と熱を帯びてくる。喋り口も段々早くなっていく。

 「それで俺は最初、岩間くんと組んでいて、一年と二年バラバラで当選するより一年同士が当選したほうが生徒会の運営上有利であること、今の生徒会には二年生が二人しか居なくてどうしようもないし、わざわざ江古田先輩を当選させても意味がないという趣旨のことを言う。それでみんなに、俺らに投票してくれって」

 俺は聞きながら、怖いと思う。

 何がって、こんな意味の分からない話を、梅野は真面目な顔をして話すからだ。

 「岩間くんは、自分の公約をそのまま言うだけでいい。だから頼むよ」

 梅野は少し震えている手で俺の腕を掴んできた。

 さて、どうしよう。

 俺はとりあえずこの場を去ることを考える。

 「いや、梅野ね、俺だってまだ自分の演説の原稿を書いてないんだから頼むって言われたってどうにも出来ないよ」

 この言葉は、この場から離れるにはよかったかも知れないが、問題の解決からは遠のいてしまうものだったようで、梅野は俺の目をまじまじと見据えてこう返してきた。

 「じゃあ、原稿が出来たら見せて。そのとき話そう」

 「そうだ、この事はまだ誰にも言わないでね」

 梅野はそれきり、俺の腕を放すと教室を出て行った。

 ほおう。

 俺は頭が回らない。居なくなって気が抜けたのか。

 誰も居ない教室の、並んだ机を呆然とみていると原田が這入ってきた。話し出したのを見て、廊下に行っていたらしい。俺は今起きたことを一通り原田に喋った。驚きながらも、こう言ってきた。

 「藤垣さんに話してみようよ。ポスターの話するって言って教室に待たせてるじゃん」

 そうだった。そうだ、藤垣さんならなんとかしてくれそうな気がする。


 俺は一年F組に入るなり、藤垣さんに今あったことを話した。藤垣さんは、梅野の発言を細かく確認すると、「早いうちに話した方がいい」と言った。そして、

 「ねえ岩間、それで梅野はどこに行ったの?」

 藤垣さんはそう聞いてくるが、そんなの分からない。

 「僕、電話してみよっか」

 原田はそう言って梅野のスマホに電話する。

 かなり長くコールしたけど梅野は出た。

 『何、原田くん。今駅に居て電車に乗るとこなんだけど』

 嘘だ。そんなに早く駅に着くわけない。原田は電話口に部活の話とか生徒会誌作成の進捗とかを訊いて、話を長引かせている。俺ら三人は、梅野の声を聞きながら昇降口へと行く。

 梅野は一年C組の四番だ。下駄箱を探しているところで

 『ね、原田くん、もう電車来たからいい?』

と言って電話が切れた。丁度そのとき、藤垣さんが一年C組四番の下駄箱に靴が入っていて、上履きの入っていないことを確認した。

 やっぱり学校に居たのだ。

 「岩間、岩間のスマホで梅野に電話してもらえる?」

 電話に出たらなるべく長引かせてね? と藤垣さんは更に念を押した。

 どれ位経っただろうか。長いコールが聞こえると、ようやっと梅野は電話に出た。それを見るなり、藤垣さんは隣の原田に、「ここに居て、私は校舎を回って来るから」と言って渡り廊下を通り、向かいの特別教室棟に向かった。


 そろそろ西日が差してくる廊下の、ヒビ割れたタイルに出来る藤垣さんの陰は、それでも彼女のスカートの紺より薄いと思う。

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岩間の公約 藤柿 @kakiyano

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