岩間の公約
放課後の生徒会室。今日から考査一週間前なので、多分先輩は来ない。なんでありがたく机に着かせてもらってる。俺の隣の机に原田がいて、真向かいの机には藤垣さんが着いている。座って間もなく、藤垣さんは原田にキレた。まあ字面ほどには怒ってないが。
「あ、やっぱりB5だったんじゃん!」
机の上の印刷された自分の絵を指してそう言った。何を言ってるのだ? すると原田は、
「ひゃあー、すいませんでした藤垣様」なんて、これまた毛ほども謝罪の意がない言葉を返す。しかしいつの間に彼らは仲良くなったのだろう。
やがて藤垣さんは、昨日我々が試しに刷った生徒総会議案書の表紙を原田に刷り直させた。聞くところ、用紙の大きさが違ったらしいがいまいち何の事か判らん。それでも当の藤垣さんは刷り上がったそれを見て満足したようだから良いのだろう。
そうして、我々三人は本題に入る。
今週の金曜、明後日の放課後に役員選挙に出る候補者とその推薦人を集めた説明会がある。本来はそこで選挙に関してやることの詳細を聞くのだが、これは毎年同じことなのであらかじめ平森先輩が教えてくれた。考査期間に準備するのは大変だからなるべく早く、とのことだったが普通にありがたい。
一週間後から始まる中間考査は四日間。考査最終日の放課後に立会演説会のリハーサルがあり、その三日後が当日。体育館のステージに全校生徒を入れて演説し、終わると各クラスで投票する。会長候補は定員一名に対して、二年の矢代花步先輩一人の立候補しかないので信任投票になるが、副会長候補は定員二名に対して、二年の江古田陽華先輩、それから俺と一年C組梅野倖造の三人が立候補しているから得票数で競うことになる。
例年は役員三人の枠を全て二年生で埋めていたが、先の通り今の生徒会に二年生は矢代と江古田の両先輩しか居ないので一年生も出ることになる。
「でも生徒手帳の生徒会会則には学年によって立候補出来る役職と出来ない役職があるようなことは書いてないけど?」
藤垣さんが訊いてきた。
「そりゃ出ようと思えば矢代先輩とだって闘えるよ、だけどそんなこと思う人すら居ないよ、お淑やかな桃高生には」
原田は当たり前のことを答えた。要するにそれが空気なのだ、それをもろともしないのは目の前の暑がりな女くらいだ。藤垣さんは続けて、オレを見据えながら訊いてきた。
「それで、岩間の公約は何?」
「そう、マニフェスト・・・まあ、とりあえず三つ考えてる」
一つ目、目安箱の積極的な活用をすること。
二つ目、挨拶の盛んな学校にすること。
三つ目、会長をサポートし、生徒会の円滑な運営の手助けとなること。
それを聞いた藤垣さんは「なるほどね」と返してきた。そして、「内容の是非はひとまず置いておくとしても、」と前置きしてから
「演説にしろポスターにしろ、何かキャッチーなフレーズが一つあって、それを軸に具体案を出していくと分かりやすいよね」
そういやヒットラーの大衆扇動術に似たような話があったね、と原田は言う。藤垣さんは、「分かりやすくて、短くて、覚え易い言葉を繰り返す、みたいなやつ。又聞きだから違ったかも知れないけど」
ソースを聞くとやりたくなくなるような気もするが、つまららなくて、難しい話を長々されるよりは聞きたくなるのは確かだろう。繰り返しはしないとしても。
キャッチフレーズ・・・・なんだろう。
「まあ、それも追々考えればいいや。とりあえずポスターの形式だけど」
そう言って藤垣さんは話を進め、生徒会のホワイトボードに幾つかの図を書き出した。黒のボードマーカーを走らす藤垣さんを見ながら、さっきの話にしても、学級委員のそれにしても、この人は色んなことを知っていると思う。そして、いや、それ故に色んなことをやってしまうのだろう。
ボードには五つの図とその長所・短所を箇条書きしてある。
「まあ、ざっと見てもらえば分かるけど、その一言が決まらないとポスターも決めようがないよねー」
藤垣さんの言に従って一通り見るが、確かに今の時点では決めようがない。
「じゃあ、分かった。俺、これ写真撮っとくからそのキャッチフレーズが思いついたらまた話そう」
そう言って我々の話し合いは終わり、会室を閉めた俺は鍵を返しに行った。考査一週間前から生徒は職員室内に入れないので、扉を開けてすぐのところで用件を言って居合わせた先生に預かってもらう。
俺が出て来たとき、自転車の原田はそのまま帰っていて、俺と同じく電車で帰る藤垣さんは職員室前の廊下の、脇の机に積まれた新聞を読んでいた。俺が出て来たのを見ると、片手で自分の鞄をしょいつつ、もう一方の手でその新聞を名残惜しそうに元の山に戻した。
藤垣さんは昇降口を出るなり、いや、その敷居を跨ぎながら話し出した。
「それで、どうして副会長に立候補したの?」
「梅野には副会長なんて出来ないからだよ」
俺はまず一つ目の理由を提示した。
「ほおう、梅野ってそんなに仕事出来ないの?」
「いやそうだよ、全然出来ないし、やらないから」
スカートのポケットに手を入れながら歩く藤垣さんに俺は続けて話す。
「定例会は水泳部がどうとかいってしょちゅう休むし、たまに来たかと思えばスマホいじってて人の話なんか聞かない。それで文化祭のときなんか先輩の話聞かないで準備の段取り間違ったりしたんだけど、それを俺が指摘しても逆切れしてどっか消える。水泳部で用事があるって言うのだって、雨降ってて泳げる訳無いのにそう言ったりするんだから嘘なんだよ」
俺がそこまで言ったところで藤垣さんの顔色を覗くが特にどうということも無い。人からすれば、特に生徒会の人間でもなければ、ありふれた話だろう。
「まあ、そりゃ確かにそれだと能力上副会長は厳しそうだね」
「そう、それで俺だってそんな奴の下には居たくない」
「なるほどね」
そう言ってから、藤垣さんはなかなか予想もしなかったことを言ってきた。
「こないだ梅野とその部活仲間の人に会ったんだけどねー、名前も名乗らないでいきなり『原田や河本から文化祭での君の活躍は聞いたよ』って馴れ馴れしく言って来るから、やなやつって感じはしたよー」
「え、藤垣さんって梅野と喋ったことあったの?」
そう訊いても、藤垣さんは「何をこいつは驚いてるんだ?」みたいな顔をしている。
いつの間にか学校を出てすぐの国道を横切る横断歩道の前に居た。車の風が藤垣さんの水色のスカーフを揺らす。
「それで、岩間にしたらその言い振りだと梅野が単に副会長に向いてないから代わりに出た訳じゃないんでしょ?」
と振ってきた。俺は、あんな梅野みたいな奴の下にはつきたくないということを、さっきより個人的な話を含めて話した。
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