第三十三話 今の俺が使ったヒールの威力って



 私立深淵学院の一年は全員魔法を試射できる実習用ダンジョンに来ていた。

 

 この位近くないと、授業で使うなんて無理だよな……。


「百二十人いた一年が、この数日で百人か」


「他のクラスでも五人ずつ脱落者がいるらしい。あの子も多分数日中に居なくなるだろう」


「ホントにな」


 一組の桜輝さくらぎさんだったか?


 右の横顔を大きな不織布で覆われ、テープで止められているみたいだな。


 怪我でもしたのか?


「初心者用ダンジョンの地下三階でリザードマンに右顔を抉られて、耳と頬の肉をかなり持っていかれたらしい」


「他の三人も結構酷い怪我をして、揃って辞めたらしいよ」


「結構美人だったのに、ああなったらおしまいだよね」


「ホントにね~」


 女子の陰口が酷いというか、わざと聞こえるように言ってないか?


 桜輝さくらぎさんは離れていったけど、一部の女子はその姿を笑っていた。というか、陰口をたたいてる奴に何人か男もいるな。


「俺もあいつに振られた事があってな。いい気味さ」


「誰とも付き合ってないのに断りやがるんだ。ちょっとくらいいいじゃねえか、なぁ」


「そこ!! 無駄話をしてないでさっさと測定しろ!!」


 百人いれば測定する時間もかなりかかる。


 今日回復魔法を測定するのは俺を含めて二人。もう一人は桜輝さくらぎさんなんだよな……。攻撃魔法を覚えてないの? それとも怪我をしてトラウマで攻撃魔法を使えなくなったのかな? というか、回復魔法組が少なすぎんだろ。


 冒険者になるとみんな基本的に攻撃系の魔法から覚えるから仕方ないのか? ヒールとかの回復系の魔法だと攻撃力アップにならないし、魔物を倒せないと経験値が入らないからね。


 白単とかじゃないとだいたいこういった測定には攻撃魔法選ぶのが普通っぽいし。


「先に攻撃魔法から測定か。怪我した奴をこっちで治す可能性があるからって……」


「そうね。動ける位だったらいいんじゃないかな?」


「……誰か、動けない怪我をしたの?」


「同じパーティにいた橘内たちばなさん。剣士だったからショートソードで戦ってたんだけど、リザードマンに足を……」


 リザードマンは初心者ダンジョン地下三階の乾燥地帯に出る敵なんだけど、リザードマンって割とそういう話を聞く。


 冒険者を襲って手を食ったり足を食ったり、そのうえ冒険者がいない時にはダンジョン内にいるゴブリンを襲ったりもしてるそうだ。


 ダンジョン内で魔物同士の殺し合いというか縄張り争いなんて珍しくも無いし、アリや蜂型の魔物が巣を作ってる階層なんかは他の魔物が食いつくされてる事も珍しくないって話だ。


「でも生きて出てこれたんでしょ?」


「話しかけても反応が無い状態なの。そうだよね、四肢の欠損なんてそんなに簡単には治らないし」


「治すんだったら最低でも再生を覚えるしかないね、賢力が最低八十は必要だったかな?」


 だから専門に治癒で稼いでる冒険者もいるって話だ。


 元の色数次第だけど仮に三色持ちだったら、レベル二か三で再生の魔法だけは覚える事はできる。


 元の賢力次第だけど、サイコロ四個振って七十近い賢力をあげるのはどんなに遅くても十くらい?


 魔力を結構消費するから知力もあげたいところだけどさ。


「そう。だから私はこの姿を晒してでも冒険者を続けるの。私も白持ちだから」


「今のレベルは?」


「五。最初は白スキルにポイントをそこまで振ってないし、賢力なんてほとんどあげてなかったから当分先の話なの」


 桜輝さくらぎさんはこんな怪我をしてるのに冒険者を続けてるのは、そういう理由があっての事なのか。


 多分他の二人も結構な怪我をしているんだろうし、自分の力で治したいんだろうな。 


 白持ちの冒険者の中で再生の魔法を覚える人が一定数居る事から、この魔法を覚えるのは難しくないし三色持ち以上だったら必要最低限の賢力をあげるのは難しくない。


 ただし、他のステータスに振らずに賢力だけに振り続ければって条件だ。


 白スキルの魔法以外の威力のあがらない賢力だけにステータスを振り続けると生命力が上がらないから危険だって事と、本気で回復系しか役に立たなくなる。


 つまりパーティを組む事を前提にしたステ振りって事だ。


「パーティのあてはあるの?」


「怪我をする前は幾らでもあったけど、今は無いわ」


「組めるんだったら俺がパーティを組んでもいいんだけど、多分経験値が入らないだろうしな……」


 確かパーティ内でレベルが十離れてると経験値が入らなくなる。俺のレベルが四十だから、流石にここまで離れてると俺が倒した魔物の経験値は桜輝さくらぎさんに入らない。


 ……そうか、俺が倒さずに桜輝さくらぎさんに倒させることは可能だ。


 バフを全部かければ能力はそこそこあげられるし、一撃の攻撃能力が数十倍になる。かなりパワーレベリングになるけど……。


「えっと……」


「俺は神崎かんざき。灰色の冒険者さ」


「灰色……。なんだ、冗談だったの?」


「冗談じゃないさ、もしよければ俺が力になるよ。桜輝さくらぎさんが俺を信じてくれるんだったらね」


 普通は灰色だったら魔法での攻撃手段が無いからね。


 俺がパーティを組もうといってきたって事は、俺が桜輝さくらぎさんをからかっているととらえられても可笑しくない。


 というか、普通はそれ以外はありえないからね。


「おいあそこ、灰色がパーティを組もうって言ってやがるぜ」


「ソロがきつくなって今の桜輝さくらぎとか? お似合いじゃないか?」


「灰色に攻撃力あるのか? というか、あいつレベル幾つだよ?」


 赤青二色の梁島はりしまか。


 この土日に頑張ってレベル十まで上げてるみたいだけど、あの程度の威力のファイアーブラストしか使えないの?


 基本威力が百で知力と赤レベル分の攻撃力向上だっけ? 測定値が百二十三って、ファイアーブラストが赤スキルのレベル六だから知力十七しかないんじゃない?


 その程度の知力だと魔力の量もたかが知れてるし、数発撃ったら打ち止めだろ?


「それじゃあ、回復組の番だ。そこの測定機に回復魔法を掛けろ」


「なんでもいいんですか?」


「ヒール系だったらな」


「じゃあ、私から。ハイ・ヒール!!」


 回復した数値は八十。レベル三まで白スキルをあげているんだったら、賢力は二十一くらいかな? ハイ・ヒールは回復力に賢力の二倍の数値が補正として付くし。


 という事は賢力を八十まで上げるとなると、残り六十くらい上げないといけない訳だ。


 使う魔法の威力とかで割とステータスの割り出しが可能だな。なるほど、ステータスカードを見なくても、ある程度は能力を把握できるって事だね。


「八十か。いい数値だな」


「アレで無事だったらうちのパーティに欲しいだけどな」


「しっ、聞こえるぞ」


 言いたい放題だな。あいつら。


 流石に虎宮とらみやの奴はそいつらを睨みつけているが……。


「俺が最後ですね。それじゃあ無難にヒール……」


「なんだあいつ。白黒の癖にヒールかよ。って!! なんだあの数値!!」


「おいおい、計測器が壊れてるんじゃないか?」


「九百九十九って、マックス振り切ってるじゃないか!!」


 ああ、普通は賢力の最大値が二百五十六だから三桁までしか計れなくなってるのか。覚醒してないとどんなにがんばっても回復量が五百を超えるヒールなんてありえないし。


 俺のヒールは余裕で一万以上回復してるはずだけどな。


「……インチキか?」


「どうやって? ヒールの威力を数十倍にあげる何かがあるっていうのか?」


神崎かんざき。お前……」


「とりあえず記録は九百九十九って事でいいですかね?」


「あ……、ああ。そうだな」


 あの数値に納得してるっていうか、現実を受け入れているのは虎宮とらみやだけか。


 桜輝さくらぎさんですら目がテンになって呆然としてるしな。


「もしパーティを組む時は、放課後にここに来てね」


神崎かんざき君。今の……」


「詳しい話は後でね」


 ヒールで千を超える回復量。


 それはつまり賢力をステータスの最大値以上にあげているって事に他ならない。


 多分虎宮とらみやだけはその秘密に辿り着くだろう。色々知ってるんだろうしな。


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