第二十一話 帰り支度の前にちょっとこれを見て貰おうかな



 現在時刻は午後三時過ぎ。


 就業時間まであと二時間もあるのにバイトの楢丈ならたけ君は早々に帰り支度を始めていた。


 って、いいのか? 本日閉店の看板までもう用意してるぞコイツ。


「ずいぶん早い店じまいじゃないか? まだ三時だよ?」


「あ、戻ってきたんっスね。また遅くまでダンジョンヨモギの採集でもしてるのかと思ったっス」


「そんなにダンジョンヨモギはいらないさ。ところで、残念ながら今日の店じまいは遅くなりそうだぞ」


「……何かあったんっスね」


「明日からここのバイトが増えるかもしれないな。とりあえずこれを見て貰いたい」


 ミノタウルスや死霊の魔石をカウンターに並べてみた。


 ダンジョンリングから出した時点で首をかしげていたが、どうやら何を言いたいか理解してくれたみたいだね。


「ここのダンジョンでこの魔石がでたって事でいいんスね? それも、魔物ごと」


「大正解。地下三階が今までの情報とは別世界に変わってた。スマホで撮影してみたけど、今の状態はこんな感じだね」


「……ただの森林型ダンジョンが遺跡型ダンジョンに進化してるんスね。この現象自体は珍しくも無いっスけど、このダンジョンが変化するのは少しっ奇妙っス」


「魔素関連の条件だっけ?」


「それと地脈や霊脈とかのいろんな条件があるんスよ。此処のダンジョンはそのどの条件にも当てはまらないから、進化する筈が無いんっスけどね」


 実際に進化してるんだから仕方がない。


 というか、定期的に調査とかしないの?


「最後にここを調べたのっていつ?」


「冒険者がって事っスか?」


「ダンジョン協会の方。冒険者は十年近く来てないんでしょ?」


「……ダンジョン探索は基本冒険者の仕事っスよ。ダンジョン協会はそれを纏めて管理してるだけっス。冒険者に依頼を出す事もあるっスけど、割と稀なケースっスね」


 という事は十年以上誰も調べてこなかったって事か。


 知られてたら俺が狩場として利用できなかったからちょうどよかったんだけどさ。


「で、その遺跡型ダンジョンの部屋で死霊系の魔物が出た。これが証拠の魔石だ」


 アンデット系の魔物の情報は重要だからな。


 準備無しに出会うとホントに酷い目にあう。


「マジっすか? ……足はあるっスよね? グール化もしてないっス?」


「なんでそこを毎回確認するかな? その手に持ってる札はいったい何なの?」


「これはアンデット封じの札っス。こんな過疎ダンジョンでもバイトにも一応安全の為に何枚か支給されるんっスよ」


 安全対策というか、万が一冒険者がダンジョン内で命を落とし、そして物凄く低い確率だけどグール化して徘徊した時の為らしい。


 なんでも冒険者がグール化すると、とりあえず帰ろうとしてダンジョンの一階まで上がって来るって話だ。生前の記憶をもとに行動するって事だね。


 でも。


「人間がゴースト化しても足くらいあるだろ?」


「飾りかもしれないじゃないっスか!!」


「いや、そんなゴーストが居てたまるか!!」


 大体足の無い幽霊は日本独自の物だろ? しかも絵描きが時短の為に考えだしたはず……。


 でも、スペクター系の魔物の中には確かに足が無い種族も存在するって話だ。


 主に空中に浮いてるタイプの奴らな。ゾンビだグールだって感じの死霊系の魔物が浮いてるって話は聞いた事が無い。


神崎かんざきさんだったら上手くやれるかも……」


「できねぇよ!! で、この事態をどう対処するの?」


「とりあえず現時刻を以てこのダンジョンは一時封鎖。このダンジョンの変化をダンジョン協会に報告をして、冒険者による調査が入ると思います。この辺りはマニュアル通りっスね」


「閉鎖しなくても誰も来ないだろうけど、それが妥当か……。此処が不人気過疎ダンジョンでよかった気がする」


 何も知らない新人冒険者が来てたら三階に降りた時点で死んでる可能性もあったよ?


 昨日の俺も相当危なかった。


 あのレッサーゴブリンの群れには感謝だな。


「で、どうやってその死霊系の魔物やミノタウルスを倒したかって事は……」


「内緒でいいかな? ステータスカードの提示は義務じゃないよね?」


「そりゃそうっすけど……。昨日レベル一ってのはブラフっスか。たまにいるんっスよね、ここみたいな過疎ダンジョンを実験場にする冒険者さんが」


 そいつらもメキドみたいな高威力の魔法を試す場所を探してるのか。


 あんな魔法普通は使えないしな。


「そのあたりもご想像に任せる。その魔石だけど、ここで売れる?」


「無理っスね。現金は当然っスけど、ダンカもそこまで用意されてないっス。こんな過疎ダンジョンで迂闊にこんな物だしたら盗まれるっスよ」


「その魔石出すようなミノタウルスを倒せる冒険者に喧嘩売る馬鹿はいないだろ?」


「いや、割といるんっスよ。そこまで考えが及ばないおバカさんが。でも、撫でられただけで死ぬ気がするっスね」


 一応力は抑えてるけどさ、これどのくらいに調整されてるんだろうな?


 普通に会話できる程度には反応速度落ちてるけど。


「私立深淵学院が管理するもう一つのダンジョンだったら買取可能っスよ。初心者用ダンジョンの方っすね」


「あっちか……。目立つだろうな」


「そりゃあ、こんな魔石出されたら大騒ぎっすよ。明日はこっちに調査が入ると思いますんで、売るのを明後日以降にしたら多分話が通じやすいっス」


 確かにね。


 ここの調査が済んだら少しは変な噂が立たずに済むかもしれない。


 って、そうなると例のアプリを買い替える機会が……。


「ダンジョンヨモギの買取お願いできる? あ、現金でお願いしたいんだけど」


 今夜の焼肉代の為。これだけは換金しておかなけりゃね。


 現金化もこの位の額だったら問題ない筈。


「五千円っスね。流石にここが過疎でも、この位だったら問題ないっス」


「助かった!! これで週末の資金が出来た」


「処分に困ったダンジョン産のアイテムを買い取るダンジョンもあるっスよ。いわゆる商業ダンジョンっスね」


 商業ダンジョンか、聞いたことあるぞ!!


 ダンジョン内でないとダンジョンリングが使えないから、ここみたいな過疎ダンジョンを店にしてるんだっけ?


 近場にあるのか?


「この近くにあるの?」


「隣町にあるっスね。ハマグリ咥えたアオサギが目印っス」


「貝鳥ね。分かりやすそうな看板だ」


 ダジャレ系のネタ看板とか割と好きだよ。


 鳥がサギなのが気になるけどな。


「ちなみに、買取は深夜までやってるっスよ」


「……電車を使えば今から行っても十分何とかなるな。軍資金は多い方がいいし」


「まだ昼の三時っスからね。余裕っスよ」


 スマホの地図アプリで場所を確認してっと……。


 よし、ここだったら一時間ちょっとで着く。


 今五千円入手したから、電車賃もばっちりだ。隠密使ってその上で飛行魔法使って飛んでいくって手もあるけどね。


「それじゃあここが再解放されたらまた来るよ。いろいろありがと」


「どうもっス。ほんと、久しぶりの来訪者だったっスよ」


「ここの状況次第じゃ、今度から大盛況かもね」


「忙しくなったら転職っスね」


 こいつ……、ここが暇だからバイト先に選んだんじゃないのか?


 ホントに一日中座ってるだけだろうしな。


「それじゃあ、ね」


「そうっスね」


 ……こいつとはまたここじゃないどこかで会う。


 なんとなくだけどそんながする……。


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