第5話 尾ひれをつけた怪物

 あの日から、太陽にメッセージを送っても返事が返ってこなくなった。

 毎年一緒に行っていた夏祭りの約束や、海の家のかき氷を食べる約束もしていないというのに。


 家に行ってみるか?

 そう頭を過ぎるも、その案は直ぐに取りやめた。




 噂話は好きでは無いものの、火のないところに煙は立たないとも言うし、もしそれが本当だった場合面倒になるのは明確だったため、私は太陽の家に行くのを諦めた。


 噂によれば、太陽の両親は厳格なお家柄で、特にお母さんの方は都会育ちで田舎に住むのを嫌がっていたんだとか。


 そのためか近所である私の両親や私自身とも、こちらが挨拶してやっと返事をしてくれる程度の会話しかしたことが無い。


 太陽にも学校の交友関係について、親の職業が分からない子とはつるむなだとか、シャツにシワをつけたまま登校する子とは関わるなだとか、色々制限をかけられていたというのも聞いたことがある。



 でも、私はその噂については懐疑的であった。


 なぜなら、私と14年間もずっと一緒に居たからだ。

 それだけ交友関係にまで口を出しているとなると、私のごく一般的な家庭――いや、むしろ噂の火種になるような“不倫”なんて話題のある我が家となんて、絶対に関わりを持たせないはずだ。


 だからこそ、私は噂はなるべく信じないようにしていたし、尾ひれをつけて巨大化していく我が家の噂話にもうんざりしていたのだった。




 太陽からの返事を待って1週間が過ぎた。


 既読もつかなければあちらからの連絡もないので、さすがに何かあったのではないかと心臓が落ち着かない。


 やはり家に行ってみようか。

 そう思った時、母からコンビニで牛乳を買ってくるようにお使いを言い渡される。


 ちょうどいい、コンビニの帰りに少しだけ太陽の家に寄ってみよう。

 もしかしたらスマホが故障してしまっただけかもしれないし、太陽のことだ、きっと家でテレビでも見ながらゴロゴロしてるに違いない。




 ――――いっらっしゃいませ、こんにちは!


 コンビニに入ると元気いっぱいな女性店員の声が店内に響き渡る。

 ここは駅近くのコンビニで、私の家の周辺に比べるとやや人の出入りが多い場所だった。


 自転車で15分は走らないとコンビニにたどり着けないくらいには田舎なのだ。



 あまりに元気いっぱいのためふとその声の方に目をやると、研修バッジを胸につけており客の居ない宙に向かって「ポイントカードはお持ちですか?」と口慣れない様子で言っていた。


 なるほど、夏休みだからバイトを始めた子か。


 微笑ましいなという思いと、きっと同い年くらいの子なのに夏休みを労働に費やすなんて偉いな、という思いを抱きながら牛乳に手を伸ばす。



 すると、クラスメイトの母親達が大きな声で笑いながら私の後ろを通過した。


 おばさんって、なんでああも声がでかいんだろう。


 そう心で悪態を着きながらレジへ向かおうとすると、聞きたくもない“噂”が耳に入ってしまった。






「そうそう、高倉さんとこ、引っ越したらしいわね。」


「そうそう、奥さんの方の実家?都会?に戻るんだとかね。」







 高倉……?引っ越し………??


 私はその単語を頭の中で何度も反芻させる。



 高倉って、あの学校には太陽しか居ないはず…

 太陽が引っ越し……?


 都会って………??




 私はやがて脳がそれを反芻することを拒否したためか、何も考えられなくなりどうやってコンビニを後にしたか記憶が無い―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫になれたら さびねこ @savinekochan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ