第4話 猫と地雷と噂話

「猫って、20年生きると猫又になるらしいよ。」


 最後に会話した内容は、その日の前日にテレビで放送されていた妖怪特集番組だった。

 ちょうど3年前、中学2年の夏休みに入る前日の放課後の事だ。


「それ私も見た。猫って本来10年くらいしか生きないんだっけ。」


 私と太陽は空き地に放置されたブロックに腰掛けながら、野良猫を撫でくりまわす。



 野良猫と言っても少しばかりぽっちゃりしており、毛並みも綺麗で食べ物に困っている様子はない。

 きっと地域猫とか言われる猫なのだろう。

 誰がお世話をすると決めてもいないだろうが、猫好きな人達がきっとお世話をしているに違いない。


 猫はかなり人慣れしており、私たちが近づいても警戒することも無く、さぁ撫でろと言わんばかりにお腹を空へと向けた。


 太陽が指先で猫の鼻先にチョンと触れたあと、そのまま頭を撫でり、そしてふわふわしたお腹まで流れるように滑らせる。


 猫は満足そうにグルグルと喉を鳴らした。



「猫、好きなんだね。今知った。」


 ほぼ毎日一緒に居るものの、お互い知らないことはたくさんある。


 猫の扱いに慣れていそうなその手つきから、猫が好きであることは想像にかたくない。


 太陽は猫から視線を逸らさず、「まぁね、うちで飼ってるし。」とぼそりと呟いた。

 その表情は、よく見えない。


 へぇ。

 太陽の家の場所はもちろん近所だし知っているけども、14年一緒にいても1度も太陽の家に上がったことは無い。


 猫の鳴き声が聞こえたこともなければ、太陽の口から猫の話を聞いたこともなかった。



 お互い、聞かれなければ答えていないことは山ほどある。


 きっと太陽は私の親が学校の先生と親密な関係になっており離婚の危機に遭遇していることは知らないし、私の兄が上京して遊び呆け貯金を全て失い、職も見つからず、借金取り立ての連絡が家に何度もかかってきているのも知らない。


 いや、もしかしたら知っているのかもしれない。


 田舎の大地はとても広いのに対し、そのコミュニティーはとても狭い。

 娯楽の少ない田舎にとって噂話とはとっておきのエンターテインメントであり、広まるスピードも流行する感染症のように早い。



 でも太陽が噂話に惚けるところを、私は見たことがない。


 興味がないだけなのか、私と以外によく遊ぶような友人もあまりいなさそうなので(かくいう私もそうなのだが)、噂話自体入ってこないのかもしれない。


 私はこののんびりとした田舎が大好きであるものの、この噂話の習慣にはうんざりしていた。


 だから、そんなのとは無縁な太陽と一緒にいるのが何よりも心地が良かったのだ。



 そしてまた私も、何となくしか太陽の家庭の状況を知らないが、あまりよくないような話が嫌でも耳に入ってきてしまう。

 それが真実かも分からないが、特段太陽に確かめるようなこともしなかった。


 だから、昨日見たテレビの話や、教科担任の先生への悪態、コンビニスイーツの話やくだらない妄想話で盛り上がれるこの関係を、絶対に崩しては行けないと思っていた。



 そう思っていたのだ。




「テレビでは、捨てられた猫が長生きすると猫又になって、飼い主に復讐しに行くって言ってたね。」


 私はスマホを片手に流し見していたテレビの内容をぼんやりと思い出しながらそう言った。


 太陽は特に返事もせず猫を撫でている。



「でも、復讐されて当然だよね。人間の都合で家に閉じ込めておいているのに、また人間の都合で狩りを忘れた猫を外に出すんだから。そんなことをするなら、最初から飼わない方がいいんだ。」


 私がそういうと、太陽は猫を撫でる手を止めた。


「…太陽?」


 様子のおかしい太陽に呼びかけると、「そうだね。」とだけ短く返事をし、私と顔を合わせることもしなかった。




 たしか、これが最後の会話だった―――。

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