第5話 作戦会議

学力試験か……。

あと一ヶ月で高校レベルをクリアすることはできるのだろうか。普通に考えても不可能だろう。一回で合格するのは諦めて何回か受けてやっと合格といったところだろうか。そもそも授業を行わずにどうやって試験対策を行えばいいのか。

周りに目をやるとやはりどのグループも困惑しているようだ。教師は説明を終えるとどこかへ行ってしまった。本当に授業は一切行わないらしい。正直、教師の真意がわからない。何回かテストを受けて攻略法を見つけろと言うことだろうか。

「どうしましょう……。とりあえず高卒認定の参考書を借りてきましょうか?」

考え中の私に気遣うように紅羽が聞く。地道にコツコツ正攻法でいくのも方法の一つだ。だが……。

「それは最終手段かな。確実だけど時間がかかりすぎちゃう。合格するまでに何ヶ月かかるかわからないし」

とはいえ他に確実な方法がある訳でもない。選択ミスは全員の足を引っ張ってしまう。

「でも実際いい方法がある訳でもないし、紅羽が言うように地道に合格を狙うのも方法の一つ。みんなはどう思う?」

「俺に不可能なことは無いが、地味なのはいただけないな。美しくないと」

……よくわからないけど、他の方法を探したいと言う解釈で合ってるかな。

「僕も勉強以外の方法を探したいな。きっとなんとかなるよ」

龍の発言の後の何とも言えない空気を断ち切れるのは日向の才能だと思う。

「日向は勉強するのが嫌なだけじゃないの?」

クスクス笑いながら四季が言う。

「僕も賛成だよ」

「わ、私も別の方法探すの賛成です!」

紅羽の大きな目がさらにまん丸に輝く。もしかしたら最初から紅羽もこれを望んでいたのかもしれない。

私たちのグループは全員一致で良い解決策を探ることになった。

 

「やっぱりまずは情報収集よね。過去問が無いか先輩とかに聞いてみるか」

「一年分だけじゃ心配ですよね。できれば二、三年分あった方が」

「そうだね、たくさんあって困ることは無いし。じゃあ早速先輩のところに行こう!」

そう言うと日向は走り出す。それを何とか捕まえて連れ戻す。

「ちょっと、勝手に行動しない」

少しの間思案してグループを分ける。

「私は紅羽と行くから、男子は三人で行ってね」

 

「大丈夫でしょうか、その、皆で行った方が……」

静かな廊下に紅羽の心配そうな声が響く。そりゃあの男子メンバーでいかせたら誰でも不安に思うだろう。日向はともかく四季もいるし。龍は黙っていれば大丈夫だろう。黙っていれば。

あの三人は顔はいいからきっと上手くいくだろう。黙っていても女子の先輩あたりから声をかけてもらえそうだ。日向はコミュニケーション能力が高いから過去問だけじゃなくてさらにいい情報を引き出しているかも。

「きっと大丈夫だと思うよ」

「緑香さんがそう言うならきっと大丈夫ですね」

「私たちも頑張らないと」

 そう言いながら私達は目的の場所に向かった。


「広いですね……」

紅羽が息を呑む。私もその大きさに圧倒される。この学校は図書館専用の建物があり、小説、歴史書、専門書など様々な書物が置かれている。そして噂によるとここでしか見ることのできないこの学校の秘密あるらしい。どこまで本当か知らないが、一度調べてみる価値はあるだろう。

 

学生証を認証し室内に入る。カウンターには誰もおらず、お呼びの際は押してくださいとボタンが置いてある。

隣に掲示されている図書館の利用方法を軽く眺める。蔵書検索のためのパソコンが何台も置いてあり登録すれば個人のスマホでも調べることができるらしい。紅羽と二人で分担して試験に役立ちそうな情報を集め三人の元へ戻った。

 

人気のない階段で作戦会議を始める。

まずは男子たちに聞き込みの成果を聞いた。

「試験の過去問もらえたよ! 三年分。これで何とかなりそうだね」

日向が無邪気に笑った。よっぽどテスト勉強は嫌らしい。気持ちは分からなくは無いが過去問が手に入ってもある程度勉強は必要だと思う。

「もらった時に何か言ってなかった?」

日向は一瞬キョトンとした顔をしてすぐに笑顔になった。

「んー、あんまり覚えてないけど頑張って言ってたような気がする」

「みんな優しいよね」と笑う日向に思わずため息が出る。

「……か、過去問が手に入ったのでよかったですよね」

紅羽が慌ててフォローに入る。確かに本来の目的は達している。下手に交渉することもなく、ノーリスクで手に入ったのだから感謝しかない。

「そうだね、三人ともありがとう。それで私たちの方だけど––––」

「あれ、僕たちの方は聞かないの?」

四季が不思議そうに首を傾げた。

「「えっ?」」

私と紅羽の声が重なる。

「僕も龍もちゃんと調査してきたよ。ねぇ龍?」

さっきからスマホを見ながら前髪を整えていた龍もこちらを見て頷く。

「皆別々で行ったの?」

「最初は一緒だったんだけど、気づいたら四季がいなくなってて、その後に龍もどこかに行っちゃたんだよ」

まるで自分は悪気ないかのように日向が話す。

「ちょっと気になることがあって」

「俺は一人でも心配ないからな」

続いて四季と龍も言い訳をする。三人でって言ったのに……。集団行動の問題児は日向だけかと思ったが、他の二人も同じようだ。

 

「それで、何か収穫はあったの?」

「俺の方は過去問四年分。それと––––もしかしたらこの過去問は無意味かもしれないと言うことだ」

「えっ」

言葉を失う紅羽。日向が「どう言うこと?」と尋ねる。

「どうやらこの試験は昨年とは違うようだ」

「去年は学力試験じゃなかったの?」

「試験自体はあったみたいだが、一般的な学校が行う定期テストと似たようなものだったらしい。授業も行うしテスト範囲も決まっていた。そもそも試験の時期も違う。入学して一ヶ月で行われることはなかった」

「つまり、今年だけ違うってこと?」

「ああ、そうみたいだ」

「つまり、過去問をやっても全く違う内容が出されるかもしれないってことですね」

どうしましょうと紅羽が呟く。

「私たちも図書館で過去問プリントアウトして持ってきたけどあまり意味なかったかな……。一応問題と回答、解説それぞれあるんだけど」

そう言ってみんなの前に持ってきた過去問を差し出す。

「流石に量が多かったから他の年度のはデータでしかないけど」

時期や内容が違うかもしれないということは盲点だった。無駄足だったかな。

「また振り出しに戻ってしまいましたね……」

紅羽の一言に空気が重たくなる。

 

 

「僕は先生の所に行ってきたんだけどさ」

どんよりとした空気に気がつかないかのように四季がきりだした。いつも通りの穏やかでのんびりとした声だった。

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