私は愛よりも恋を選んだ。

路面が凍結していて自転車に乗れそうになかった。仕方がないので自転車を高校に放置して電車で帰宅することにした。ホームで電車を待っていると見知った顔が見えた。月曜日のバイト以外で会うのは久しぶりだった。彼は反対方面の電車を待っていた。じっと背を見つめる。そうしてみてもやっぱり翠月に思うような感覚は涌いてこない。しばらくそうしながら私は熟慮した。そして決意し電車を待つ列を離れ彼のほうへ向かった。


「あの、今時間大丈夫ですか?」

「うわ、びっくりした。電車こっちなの?」

「逆方向です。少し話がしたくて」

「電車くるまででならいいよ」

 ああ、きっとこの人はただ雑談をしに来たと思っているのだろう。或いは告白の返事を。こんな夜に。そう思うとなんだか申し訳なくなる。しばらく沈黙が流れた。先ほど何度も推敲した言葉は、本人を目の前にすると崩壊してしまう。魁斗が不思議そうに首を傾げるのをみて、やっとのことで口を開いた。「恋愛を、理解しました。……あなた以外の人に。……だから……ごめんなさい」頭の中での予行演習は実際の彼を前にするとすべて効力を失う。薊実は震える声でそれだけを告げた。

「そっか。」

 彼がそう言ったのと、電車のドアが開くのが同時だった。彼は振り返らずに電車に乗る。ドアが閉まった。


 魁斗はその週のうちにバイトをやめた。もともと家も遠かったので、偶然に会うことはなかった。「どうしてるかな。」その人の幸せを願うのが愛だというなら。その人に狂ってしまうのが恋だというなら。きっと私は愛よりも恋を選んだのだろう。悲しむ資格などないさと言い聞かせて彼が抜け出したバイトのグループLINEを閉じた。


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翠雨に映る記憶。 liol @liol_r_

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