大切の種類を解りたかった。

私は週に一度洋食店でバイトをしていた。注文を聞いて、料理を客に提供する仕事だ。「すいませーん。」「はーい!今行きます!」家族経営の小さな店だが、昼時にはいつも満席の人気店だった。忙殺されながらも、時給が比較的高いこの職場を気に入っていた。店長夫妻がバイトを家族のように可愛がってくれるのもこの店のいいところだった。

 

 店締めが終わった後にはいつも、厨房で働くバイトが余った食材で料理をするのが習慣になっていた。誰が言い出したのかわからないが大方奥さんだろう。魁斗という私より数週間先に入った他校生はとりわけ可愛がられていたから。その日彼は少し客足の落ち着いた頃に厨房から出てきて私に尋ねた。「薊実ちゃん、今日何食べたい?」「えー、魁斗さんが好きなものでいいですよ」私は客が居なくなったテーブルの食器をまとめながら答えた。洋食店でバイトしているとは言え、特に食に興味のない私はリクエストするほどの料理名の語彙を持ち合わせていなかった。

 そして閉店の時間になり、店長がその日の収支を合わせ、私と奥さんが客席を片付ける間に、魁斗は料理をした。ちょうど皆の仕事が終わった頃に魁斗の料理は終わって皆で食事を始めるのが常だった。


 店締め終わりの食事の時、いつも魁斗は私の目の前に座った。

 その日彼が少し席を外した時、私の隣に座っていた奥さんがねえねえと、内緒話をするように耳打ちしてきた。「彼のこと、どう思ってるの?」「どうって、料理できてすごいなーって思いますよ。私ほんとにできないので。」私は質問の意図が汲めずにありのままを答えた。「そのうち告白されたりして」奥さんはにやりと笑ってつづけた。「は?」文脈のない答えに私は雇い主に失礼な声を出してしまった。「そう。そのうちわかるわ。」何もわからないなどと答えていないではないかと反論しようとしたところで彼が戻ってきた。彼は何の話をしていたのかと店長に尋ねたが、店長含め全員笑って胡麻化すだけだった。その日は珍しく少しだけ居心地が悪かった。


 「お疲れ様でしたー」食事が終わり、魁斗は食器を片付けてから店を出た。私もそれに続いて出ようとするが、ふとなぜこの人気店で食材が月曜日だけ余るのだろう?ほかの曜日と客足が違う様子もないのに。と疑問に思ったので尋ねてみると、店長は周りを見渡してから内緒だよというようにひざを曲げて私と目線を合わせてから答えた。「魁斗くんの料理、おいしいでしょ。」どうやら余るように仕入れているらしい。いいのか、それで。まあおいしいのは事実だからいいかと思い直して私は「確かに。」とだけ答えて店を出た。


 私はたまにバイト以外の真衣に彼氏を理由に遊びを断られた日に魁斗と会うようになっていた。学校の課題を教えてもらったり、たまに料理を教えてもらう程度のもので、云わば仲のいい兄妹のような関係性だった。駅前のファストフード店に入ってその日もいつものように夕方まで過ごした。

 別れ際、魁斗は私を引き留めた。日が傾いて空がオレンジ色をしている。影が伸びていた。「どうかしましたか?」私は上目遣いの目の奥に魁斗の視線を掴んだ。魁斗はそこから逃げた。そしてしばらく沈黙した後、また目を合わせた。「好きです」彼は声帯を震わせる。刹那、その二字が私の脳から姿を消し、また戻った。「……告白、ですか」「そう。」彼は頷いた。


 ああ、奥さんが言っていたのが現実になってしまった。私は慎重に言葉を選び出した。「……もし、断ったらどうしますか」よくわからない関係性に安易に応えることもできずに尋ねた。「ん、バイト辞めるかも。気まずいし。」へらへらと笑いながら答えるその顔に、脅迫と同義ではないかと私は怖くなった。ここで下手に返して、今までの関係性を壊したくなかった。私は引き攣った口角を上げ、そして答えた。「冗談ですよ。私も、貴方といるのは楽しいです。だけど、少し考えさせてください」きっとこれが無難な最適解というものだろう。「わかった。またね」少しというのが、いつまでか明示していないことには触れずに魁斗は次があるという前提の別れを告げた。「ありがとうございました」私は次には触れずに今日の感謝だけ述べてから帰路についた。

 

 次の月曜日にはまた魁斗とバイトで顔を合わせることになる。交差点の往来に車が鳴らす騒音の中、私はため息をついた。「どうしよう」信号が変わる前に歩き出す前の人に釣られて歩き、危うく轢かれそうになる。頭の中がその人で埋め尽くされるその感覚が、告白されたことによる仮初であることを教えてくれるものがあればどれほど幸福だっただろう。不幸にもその時の私にそれを伝えるものはなかった。


 手放したくないという恐怖と、彼との会話量は反比例的な関数を成していた。少しづつ、彼のほうも私のほうも会話がぎこちなくなっていた。早く答えなくては。焦りだけが私の中で膨らんだ。気まずいってなんだ、この関係を壊そうとしているのはそっちじゃないかと厨房に立つ彼の背に吐きそうになった。


 学校終わりにそのままバイト先へ向かうと、いつも私より先に来ていた魁斗の自転車が見当たらなかった。まあそんなこともあるかと思いつつ、どこか気になって私はバイト先の制服に着替えながら店長に尋ねた。

「あれ、今日私だけなんですか?」

「ああ、なんか熱出したらしいね。薊実ちゃんは大丈夫?」

「私は大丈夫です。」

 そういや高校で何人かインフルエンザにかかっていたなと思い出しながら返答した。


 バイト終わり、魁斗にメッセージを送ろうとスマホを取り出す。しかしいつから話していないのだろう。最近ではシフトが被る月曜日にさえ仕事上最低限の会話しかしなくなっていた。今更体調不良を案ずるような文面を送るのもなんだかおかしい気がして、結局メッセージの画面を閉じてしまう。その日はなんだか眠れなかった。早く次の月曜日になってほしいような。ほしくないような。私はそんなことを考えながら一週間を過ごした。

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