曖昧な言葉に囚われるくらいなら

「真衣ー放課後遊べるー?」退屈な授業に飽き飽きして、スマホを取り出して少し離れた席の幼馴染にメッセージを送った。もちろん授業中のスマホは禁止されているので返信は来なかった。スマホを閉じて黒板に目をやっても、端から端まで、お爺ちゃん先生特有の読みにくい文字と数式で埋め尽くされていた。なんとか解読しようと試みるもその甲斐虚しく、襲ってきたのは抗えない眠気だった。数分経って授業終わりの鐘が鳴り、私もそれに起こされた。ノートに蛇が走っている。鞄から次の授業の教科書を取り出して、スマホの通知を見ると、真衣からの返信が来ていた。

「ごめん今日は無理。」あれ、真衣今日バイトとかあったっけと思案していると、追加のメッセージが表示された。「彼氏と遊ぶ約束してるから」ああ、そういえばそんな関係性の人がいたな。と思い出した。「そっかー。じゃあまた今度」仕方がないので今日は一人で課題消費でもするかとその旨を送った。真衣はそれに私の知らないキャラクターのスタンプを送って返した。


 翌朝、いつものように高校へ向かう。真衣の家は高校へ向かう道中にあるため特別約束しないでも二人で行くことになっていた。私は少し寝坊したので急いで自転車を漕いだ。そして真衣の家の前で自転車を止め、彼女が出てくるのを待つ。「真衣も寝坊したな、これ」いつも出てくる時間を過ぎているのに彼女が来ないので、痺れを切らしてインターホンを鳴らす。彼女は慌てたように鞄を持って出てきた。「遅刻するって」私は苛立った振りをした。「大丈夫だって!」真衣は笑いながら自転車に跨った。しかし大丈夫、といった割にはやはり真衣も遅刻を危惧したようで、会話も少なく、自転車を漕ぐ足を速めた。欠伸の多い真衣が気になり、私は昨日何時に寝たのかと尋ねた。「わかんない……2時くらい?」「何してたのそんな時間まで。またなにかアニメでもはまったの」「彼氏のLINEおわんないんだもん」真衣はそう言って昨日の話をしてくれた。それは彼女を寝不足にさせてまでしたいのかその会話、と言いたくなるようなものだった。けれども嬉しそうな真衣の声に、それも人それぞれかと思い直した。しばらく返答をせずに考えていたようで、聞いてる?という真衣の声に、適当に相槌を打って返した。


 高校の前で、信号につかまり、交差点を通過するトラックを見送りながら真衣が尋ねた。「薊実って好きな人いないの」「んー、いないなあ。というか興味がない」

 本心だった。恋愛関係を互いに同意したところで、相手はいついなくなるかわからない。その上、その期間はその人を最優先にしなければならないなんて、危ない賭けに他ならないではないか。恋愛だとか、好きだとか。そんな曖昧な正解のない言葉に囚われてしまうのが悍ましく見えて仕方がなかった。恋愛というものがわからなかったからそう言えたのかもしれないが。とはいえ目の前の真衣にそんなことを言えるはずもないので、「というか、それより妹とか真衣のほうが大事。」とだけ付け加えた。「薊実らしいわ。」真衣は半ば嘆息する調子で答えた。そして信号が変わり、高校の敷地に入る。HRの開始の鐘が鳴る2分前だった。


 教室に入り、それぞれの席で荷物を降ろしたのと、担任が現れたのが同時だった。「余裕持って来いよー」私は反省の意を表すために少し俯いた。下手に媚びず、関わらず、それが楽に生き延びる術だと信じていた。

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