第51話 萌々子と近藤さん

「ちょ、ちょっと何勝手なこと言ってるんですか!? 萌々子がお兄様を好きだなんて、そ、そんなこと、ありませんっ!」

「そーだ、近藤さん。萌々子が俺のこと好きとか、ありえん」

「マメくんは黙ってて」


 強い調子で近藤さんが俺に言った。その顔に笑いはなかった。真剣そのものだ。

 俺が茶化したり誤魔化す余地はどこにもない。そう宣言していた。

 近藤さんがゆっくり萌々子に向き直る。


「萌々子ちゃん、マメくんのこと好きなんでしょ?」

「も、もちろん、い、妹として、いえ、妹的な幼馴染みとして、か、家族愛的な意味合いにおいて萌々子はお兄様が好きですけど、そ、それは」


 しどろもどろになりつつ萌々子が答えた。そんな萌々子を見て近藤さんが優しく微笑む。


「やっぱり好きなんだよね、マメくんのことが」

「だから、好きじゃなくて……そう、甘えです! 萌々子は、お兄様に甘えたいだけなんです!」

「女の子は好きな人に甘えたいものなんだよ?」

「え」


 萌々子の動きが止まる。

 静寂。俺、近藤さん、萌々子の視線が複雑に交差。


「……好きな人に甘えたい?」


 静寂を破ったのは萌々子の震える声だった。

 

「そう。わからないの? 萌々子ちゃん、マメくんのこと好きだよ。自覚してるでしょ」

「そ、それは……」


 萌々子の耳が深紅に染まる。真っ赤な顔で俺を見つめる。


「マメくん。萌々子ちゃんの気持ちに気がついていたよね?」

「だからだな、萌々子の好きはLikeであってLoveではなくあくまで兄妹愛的なものだ。まあ思春期ではあるし? 本当は血が繋がっていないので多少は男女を意識する瞬間もないわけではない。が、それはいわゆる気の迷いというヤツであってだな。人間が理性的存在である以上、それより深い関係に至ることは倫理的にも心理的にもあり得ないことであって」

「誤魔化さないで!」


 近藤さんが叫んだ。ぐっと拳を握りしめ、肩を震わせている。


「萌々子ちゃんは、そういう意味でマメくんのことを好きなんじゃない! Likeじゃない! Loveだよ! わかっているでしょ!?」


 近藤さんがゆっくり息を吸う。そして、


「萌々子ちゃんはマメくんに恋してる。マメくんのことを男性として見ている。マメくんだってわかっているんでしょ? 萌々子ちゃんの気持ちに気がついているんでしょ? なんでわかってないふりするの? それじゃ萌々子ちゃんかわいそうじゃない。ずーっと、あんな調子でごまかしてきたの? それって、女子的にはあり得ないよ、ひどいよ」

「……」


 気がついてなかったわけじゃない。萌々子の言動の背後にある感情に気がつかなかった訳ではない。気がついていた。気がついていたと思う。が、それを認めたくなかった。「萌々子だから仕方ない」。そう思うことで事実から目をそらしていた。


 日々連発される甘えの数々。普通に考えれば導かれるであろう結論を、俺はあえて無視していた。

 言葉が出ない。俺も、萌々子も。


「好きなんでしょ?」


 近藤さんが沈黙を破った。


「萌々子ちゃんのこと好きなんだよね、マメくん」

「そんなこと……ない」

「あるよ」


 近藤さんが俺に歩み寄る。真剣な眼差しで俺を見ている。


「選んで」


 近藤さんは目を逸らさない。


「プロットの話じゃないよ? わかるよね?」

「……」


 わかる。俺には分かる。萌々子はわかってない。「え? 選ぶ? 何を選ぶんですか?」とキョロキョロしている。そんな萌々子に近藤さんは優しく語りかけた。


「萌々子ちゃん。私ね、告白したんだ。わかる?」

「告白?」

「そう。私、今、マメくんに告白したんだ」

「あの……どういうことでしょう?」

「ずっと好きだったんだ、マメくんのこと。どうやって告白しようかな、いつ告白しようかなって、悩んで。まさか今日、このタイミングで告白するとは思わなかった。マメくんはわかるよね? 今のが……告白だってこと」

「……ああ」

「よかった」


 近藤さんが笑う。


「聞かせて、マメくんの気持ち」


 萌々子のことは嫌いじゃない。高校生になって再会してからはその成長ぶりに正直ドキッとした。恋愛感情が発生してもおかしくない。親が決めた婚約者といってもそんなの戯れ言だ……と思っていた。

 萌々子に魅力を感じないなんてことは無い。俺の中の理性が萌々子は妹だと叫ぶので恋心を抱かないだけだ。萌々子のアタックに正直理性は崩壊しかけている。理性の壁が崩壊するときは一気に崩壊するだろう。


 近藤さん。文句なしに美人。男子から大人気。透き通るように白い肌。

 彼女が笑うと俺も笑う。そんな部活の時間が楽しくて仕方がない。同い年。話も合う。

 部活で1年間一緒だった。全男子憧れの近藤さんと毎日プライベートに接触、会話を楽しんでいるのは全校生徒の中で俺(とアリス先輩)だけ。「お前、近藤さんと付き合っているだろ?」と友人にからかわれるのも俺の優越感を満足させた。


 彼女が欲しくないわけではない。いたらいいなと思う。

 つーか、欲しい。

 朝待ち合わせて、手を繋いで登下校とかしてみたい。

 放課後一緒に教室で居残って勉強とかしてみたい。

 家に帰ってからも通話で話したい。暇があればLINE送りたい。休日はデートにも行きたい。家に来て欲しい。一緒に動画とか見て欲しい。そして良い雰囲気になって……。


 萌々子と近藤さん。どちらも……俺にはもったいない。


 近藤さんと手を握ってもドキドキする。萌々子に抱きつかれてもドキドキする。人を好きになるって、一かゼロじゃない。だけど、きっと、誰かが一番なんだ。誰かが100で、だれかが50だったり70だったり80だったりするんだ。


 そして――。


 俺の場合。一番は。100は……100は……。

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