第52話【side近藤梨愛】マメくんと萌々子ちゃん
少し前。マメくんを近藤珈琲店に誘った。すると、マメくんの妹――ほんとは違うけど、その時はそう紹介された――の萌々子ちゃんもやって来た。
「アンアン!」
マメくんが帰ったあと。萌々子ちゃんは子犬のアリスと遊んだ。
アリスは女の子。へっへっへ。笑いながら萌々子ちゃんに駆け寄った。
「か、かわいい! かわいいです、アリスちゃん!」
無邪気なアリス。人見知りしないアリス。
「きゃ、顔をなめてます!」
萌々子ちゃんと遊べるのが楽しいみたいだ。尻尾がちぎれちゃうんじゃないかってくらい振られている。
「かわいいですねっ!」
「わん!」
「わん、て言いました!」
「犬だからワンって言うんだよ、萌々子ちゃん」
それからしばらくの間、アリスは萌々子ちゃんを堪能した。初めてのお客さんに興奮したみたいで、ずーっと萌々子ちゃんの顔を舐めていたおかげで萌々子ちゃんの顔はびちょびちょに。
「ごめんね、萌々子ちゃん。まだ赤ちゃんだから、加減が分からないみたいで」
「だ、大丈夫です!」
おしぼりとアルコールティッシュを渡した。
「はい。これで綺麗にして。消毒もしてね」
「ありがとうございます」
「アリス、かわいいでしょ?」
萌々子ちゃんは遊び疲れて眠ってしまいそうなアリスを抱き抱えている。
「ええ。かわいいです」
「よかった。萌々子ちゃんが犬好きで」
「萌々子、ずーっと犬が欲しかったんです。でも社宅だったから禁止されてて」
アリスが大きなあくびをした。
「アリスちゃん、お疲れですね」
「うん。お店が大好きで、はしゃぎすぎちゃうんだ。いっつもお店に出たがるけど、基本アリスはお店立ち入り禁止。でも、今日はお店で遊べてすごく楽しかったんじゃないかな。そうだよねーアリス?」
うとうと。アリスは返事しなかった。
「おい、店閉めるぞ」
入り口の扉に「CLOSE」の札をかけつつ、お父さんが私たちに言った。
「こい、アリス。次はお父さんと遊ぶぞ! 思う存分甘えていいぞ? オモチャもある。おやつもあげるからな! さあ、こっちだ!」
孫に接するかのごとき優しい目と声でお父さんがアリスに呼びかけるが、アリスは寝たままだ。お父さん、露骨に悲しそうな顔になった。
「お父さん、アリス寝ちゃった」
「……おう」
「奥で寝かせてあげて」
「……おう」
アリスをお父さんに手渡す。そしてそのまま一人と一匹は奥へ。
「それでは、萌々子もそろそろ帰ります」
「うん。あ、そうだ。萌々子ちゃんも夜はコンビニ弁当なの?」
「コンビニ弁当?」
「うん。マメくんが言ってた。晩ご飯コンビニ弁当だったりするって」
「お兄様ったら!」
萌々子ちゃんのほっぺが膨らんだ。
「そうなんです。お兄様ったら食生活に全く無頓着なんです。野菜食べない、加工肉大好き、毎日コンビニで間食購入……。でも、萌々子が来たから大丈夫です! ちゃんと栄養学的に正しい食事、食べさせます!」
「マメくんと萌々子ちゃん、兄妹だよね?」
「はい」
「今、萌々子が来たから大丈夫、って言ってたけど……どういう意味かな?」
「それはですね」
うーん、と萌々子ちゃんが眉間にしわを寄せる。ちょっと考え込んでから「色々ありまして、中学までは別居だったんです」と萌々子ちゃんが言った。
「あ……ごめん。変なこと聞いちゃった」
しまった。
「大丈夫です。だって今、萌々子はお兄様と一緒。幸せですから。お兄様と同棲できて幸せです」
「同棲じゃなくて同居だよ、萌々子ちゃん」
「うーん、一緒のお布団で寝ているので同棲です。別々のお布団だったら同居ですけど」
え? 萌々子ちゃん、マメくんと一緒のお布団で寝ているの? 高校生の兄妹なのに?
「へ、へー。そうなんだ。な、仲いいね」
「はい! 仲いいです」
萌々子ちゃんの目が輝く。私は気がついた。あの目の輝きは……妹じゃない。女子だ。恋する女子の瞳だ。
実の兄妹なんだよね。なのに……。そっか。中学まで離ればなれだったから……他人みたいなものなんだ。
「お兄様、ぎゅーってしてくれるんです」
「ぎゅーっ?」
「はい」
たじろいでしまった。なんだろ、「ぎゅーっ」って。マメくん、萌々子ちゃんを抱きしめているってこと?
「ぎゅーって……どんなことするの?」
「ぎゅーはぎゅーです。そうですね、さっきアリスちゃんが私に抱きついてきたじゃないですか? あんな感じです」
「そっか、あんな感じなんだ」
てことは……すごい抱きついている。
私は理解した。
萌々子ちゃん、マメくんが好きだ。
萌々子ちゃんは妹かもしれない。だけど事情があって長く離れていた。久しぶりに兄であるマメくんに再会した萌々子ちゃんは、マメくんに恋をしてしまった。兄なのに。
わかるよ、萌々子ちゃん。
マメくん、素敵だもんね。優しくて、気が利いて。自分は空気が読めるだけだっていってたけど、それって大事だもの。
高校時代って、ずっとが続くと思っていた。まだ2年生だって思っていた。だけど、本当はもう2年生。
マメくんとの時間はそんなに残されていない。
私、好きだ。マメくん。
付き合いたい。
部活が一緒だから。放課後仲良くできるから。
だから告白なんかしなくてもいいって思っていた。
でも。
萌々子ちゃんは一緒に暮らしている。
そして、かなり積極的だ。
マメくん。
マメくんは、萌々子ちゃんのことどう思っているの? 本当に……妹としてしか見てないの?
このままではだめ。
後悔したくない。
伝えよう、マメくんに。私の気持ちを。
あの時、伝えられなかった思いを。
地区大会の後、写真撮影をした。高校生になって初めての大会で、正直県大会よりも緊張したし盛り上がった。県大会出場が決まって嬉しくて、最後に市民ホールの前で写真を撮った。
大会後の妙なテンションで写真を撮りまくった。顧問の先生もこの時ばかりはノリが良く、写真撮影は大いに盛り上がった。
「ほら、もっとくっついて! 一年生カップル! あんたら付き合ってんでしょ?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「セクハラです!」
私とマメくん、笑いながら抗議した。
「いいじゃないか。いかにもカップル風な写真を撮るのも悪くない。なんかのアリバイに使えるかもしれないぞ、遠近コンビ」
当時は次期部長内定者だったアリス部長も、変なノリだった。
「なんのアリバイです!?」
いつものようにマメくんが突っ込む。
「ふっふっふ。真実はオルウェイズ一つなんだぞ、遠藤君」
「人気アニメの真似しても駄目ですよ」
「急いで、もうバスが来るよ。次のバス、30分後なんだからね、あんたたち」
顧問の先生が声を張り上げた。
「ほらほら、いいではないか」
怪しい笑顔で私をマメくんにくっつける。「ほら、しがみつきなさいよ」と3年の先輩がそそのかす。
「ごめん、マメくん!」
ぎゅ。腕にしがみついた。肩に頭を乗せた。
「ちょ、え!?」
マメくんが困惑する。顔が赤い。たぶん、私も赤い。
しがみついてから気がついた。私……押しつけている。かなり、押しつけている。
恋人にしか触れさせないであろう……二つの膨らみを、思いっきり押しつけちゃっている。
「いいねぇ」
先輩たちが笑う。
「よーし撮るぞ」
先生がシャッターを押す。
「もう一枚。もっと笑って。県大会に行く喜びを表現するんだ! はい、もっとくっつく!」
みんながより密着する。私も……より、密着した。
ああ。
もっと。もっとくっつきたいな、マメくんと。
こんなどさくさまぎれじゃなくて。二人だけで。ちゃんと向かいって。
ぎゅってして欲しい。
「よーし終わり! 急げ、バスが来るぞ!」
カバンを手にバス停へ。さっきまでの密着が嘘のようにみんなバラバラ。
私は照明用のゼラ枠とゼラのセットを持っていたので、ちょっと歩くのが遅かった。
「近藤さん、俺が持つよ」
「え? だってマメくん、CDとか持ってるじゃん」
「一つにまとまるからさ」
そういって私の荷物を引き取り一つのコンテナボックスにまとめた。
でも無理してまとめたのでフラフラしている。
「大丈夫?」
「なんとか」
フラフラしつつも、さすがは男子。荷物を持ったさっきの私よりは歩くのが早い。でもフラフラ。だから何度か私とマメくん、肩がぶつかった。
「ご、ごめん」
「ううん」
嬉しかった。もっとぶつかってほしかった。
好きなんだな。マメくんが。
その時、はっきり自覚した。私、マメくんに……もっと触りたい。触って欲しい。一つになりたい。
身体の奥がむずむずする。声に出したい。マメくん、好き。付き合って。ひとつになろ? って。
でも言えなかった。
バスの中では隣で。太もも同士がくっついていた。こっそり押しつけた。するとマメくんは避けてしまった。たぶん、気を遣ってくれたんだと思う。
マメくんを萌々子ちゃんに渡すわけにはいかない。
萌々子ちゃんに触れさせたくない。萌々子ちゃんに触れて欲しくない。
だから。
決めた。ときどき一緒に帰ったり、身体が触れあうことに満足するだけじゃ嫌だ。
告白する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます