第50話 萌々子襲来

「うーん、テーマパークデートは無理じゃないかなあ。セットを作るのも舞台転換も難しそうだ」

「でも観覧車のシーンが欲しいんだ、絶対」


 目を輝かせる近藤さん。


「観覧車のとこ、重要な伏線になる予定なんだ」


 付箋を指さす。確かに、最後の告白の伏線になっているようだ。妥協は無理って感じだ。


「じゃあさ、観覧車だけ作るってのはどうかな?」

「観覧車だけ?」

「そう。他のアトラクションはプロジェクターで投影する。動画を投影すれば臨場感も出るし」

「動画? どうやって手に入れるの、マメくん?」

「撮影しに行けばいいと思うよ」

「そっか。その時は一緒に行こうね。脚本・演出の私がいないとダメでしょ?」

「だな」

「あ、いいこと思いついた。観覧車に乗ろ? で、中からの風景動画撮るんだ。きっとラストで使える」


 近藤さんが楽しそうにプロットや演出尾プランを紙を書き足していく。


「がんばるね、近藤さん」

「だって、マメくんとの初めての舞台なんだもの。いい舞台にしなくちゃ!」


 近藤さんが笑う。


「さっきの選択だけど、役者って俺と近藤さんだけじゃん? ライバルの幼馴染みって、誰がやるの?」

「アリス部長の予定だよ」

「え? 部長出るの? 3年生は来年の全国大会に行けないからって、今回出ないんじゃ?」

「脚本から手を引く条件として役者での参加を付けたんだよ。全国に行くことになったら留年するって」


 留年だと?


「どうやって留年するんだ? あの人成績優秀、品行方正、無遅刻無欠席だぞ? 無理だろ」

「財閥の力でどうにでもなるんだって。理事長知り合いらしいよ」


 マジかよ。すげーな上級国民。


「そんなんだったら最初から留年前提でやれば良かったじゃん」

「だよね。よくわからないわ、アリス部長」


 ははは、と二人で笑う。


「ん?」


 近藤さんが廊下を見た。


「どうした?」

「足音がする」

「おかしいな」


 この時間の旧校舎に人はいない。旧校舎で活動しているのは演劇部だけだ。


「アリス部長なんじゃないか? 忘れ物したとか」


 だんだんだん。力強い足音だ。


「こんなにドタドタ歩かないよ、部長は」

「確かに」


 どんどん足音が近づいてくる。

 止まった。部室の扉に人影。


「お兄様!」


 扉が開いた。萌々子だった。

 俺と近藤さんを見るなり叫んだ。


「やっぱり……二人きり!」


 俺と近藤さんを交互に指さす。


「何をなさっていたんですか!?」

「え? 部活だけど……」

「質問を変えます! 何をなさろうとしてましたか!?」

「だから部活……」

「誤魔化さないで!」


 萌々子が俺に迫る。


「萌々子にはお見通しなのよ!」


 ずい。右手を俺に突き付ける。何か持っている。


「これ、です! これ、何かわかりますよね!?」


 スマホよりちょっと大きな箱形態のものだ。

 近すぎてよくわからん。


「見えないって」


 手でそれを押しのける。


「ん?」


 驚いた。


「なななな何を持ってきたんだ、萌々子!!」


 あれ、アレじゃん! 俺が机の奥深いところに隠していた、親父直伝、女性を尊重するアイテムじゃねーかよっ!


 そう。萌々子の手にあったもの。それは俺が机の奥深いところに隠してた例のアレだった。親父からもらった男子のたしなみ的なアレだ。


 萌々子と一線を越えるようなことがあったら使うようにと厳命されたアレだ。


「どうして萌々子がそれを……!?」


 震える声でなんとかセリフを絞り出す。


「正直に言いなさいっ!」


 べちょ。ブツの入った箱が俺の顔面に押しつけられた。俺の質問、無視。


「ど、どうして減っているんですか? だ、誰かと使ったんですか!?」


 たじろぐ俺、詰め寄る萌々子。そして不思議そうに首をかしげる近藤さん。


「お菓子? たけのこの里? きのこの山?」


 近藤さん、違います。確かにどことなくそんな箱ですが、中に入っているのはたけのこの里でもきのこの山でもないです。


「は? お菓子なわけないでしょ? お兄様の前では清純ぶるの?」


 ツカツカツカ。箱を握りしめたまま、萌々子が近藤さんに詰め寄る、

 

「これは避妊具ですっ! それも、使いかけっ!」


 とうとう言ってしまった。


「一個足りないんです! ほら! 数えてご覧なさい!」


 近藤さんに箱ごと渡す。近藤さんは無造作に中を取りだし数える。


「いち、に、さん……じゅういち。11個あるわね」

「でしょ!?」

「それって問題あるの?

「あります! 1個足りないわ!」

「足りない?」

「そうです! 12個セットですから!」

「よくご存じね。こういうのにお詳しいの?」

「はああ!? お詳しくはありませんわ! は、箱に12個入りって書いたあっただけです!」


 萌々子の顔が見る見る真っ赤になった。


「ともかく! お兄様、答えなさい! なんで減っているんですか? もしかして……もしかして、つ、つ、使ったんですかっ!?」


 鬼の形相で問い詰める。

 言い逃れは無理だ。真実を語ろう。


「ああ、使ったよ」

「え」


 萌々子が固まった。


「親父の命令でな。使い方わからないと恥ずかしいぞとかなんとか親父が言ってさ、それで1枚だけ使ったんだ。練習でな」

「練習?」

「そう、練習」


 あんまり恥ずかしいこと言わせるなよ。


「だから誰とも使ってない。つかさ、どうして萌々子が持ってるんだ? 机の奥に隠していたんだぞ?」

「え、えっと、そ、それは……」

「俺の部屋に勝手に入って、机の引き出しを開けたんな?」


 萌々子の身体がビクッとなった。


「なんといいますか」


 萌々子の目が泳ぐ。


「俺の目を見て答えろ。勝手に引き出し開けたな?」


 ゆっくりと目があう。


「……はい」

「どうしてだ」

「……」

「どうしてだ、萌々子!」

「だって……」


 萌々子が、しゅん、とうなだれる。


「マメくん、もっと優しくしてあげて」

「近藤さん?」


 近藤さんの意外な言葉に俺は驚いた。


「萌々子ちゃんはマメくんが他の女性とそういう関係にあるんじゃないかって心配になったんだよ。それはマメくんが好きだからだよ」

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