第49話 【side萌々子】許せない

 演劇部長からの勧誘は断った。


 だって、最初から演劇部に入りつもりはなかったんですもの。


 お兄様は萌々子が甘えると困った顔をする。それが楽しくて、ちょっと困らせてみようと思っただけだ。


 お芝居には興味が無い。興味ないのに入部するほど厚かましくはない。そんな失礼なこと、私はしたくない。


 作家になりたい。それが夢。


 小さい頃からファンタジーが大好きだった。テレビでハリーポッターを見て、好きになって、本を買って貰った。それ以来ファンタジーが好き。


 中学になってからライトノベルを読み出した。異世界転生ライトノベルが大好物。時々真似して短編小説を書いたりした。


 中学時代は図書委員だった。図書委員の特権で図書館にラノベを入れてもらった。


「このKADOKAWAっていう会社は角川書店のことか?」

「はい」

「角川書店のか。角川ならいいだろう。文芸に強い会社だ」


 なぜか国語の先生に受けが良かったKADOKAWAだった。図書委員に与えられた権限は5万円。その予算——今考えたらかなり少額だ——全部でスニーカー文庫を買い込んで読んだ。


 ラブコメ、ファンタジー、異能バトル。それぞれ魅力的で面白くて。いつか私もスニーカー文庫から本を出したいなと思うようになっていた。


 スニーカー大賞。


 出してみよう。高校受験が終わったら、小説を書くんだ。高校では文芸部に入って部誌に短編書いたりしつつネットで作品公開して、そして、スニーカー大賞に出すんだ。


 だから決めていた。高校では文芸部に入部するって。

 入る部活が決まっているのだから部活動紹介は見る必要ないわよね? だから見ないで帰った。運動部に入るって決めてた子といっしょにスタバへ。


 期間限定の甘いドリンクを手にクラスメイトとスタバでガールズトーク。好きな人いる? いた? と定番の話になって私は「お兄様」と答えた。


「え!? それってヤバくね!?」


 お兄様といっても幼馴染みだよ、でも一緒に住んでいるから兄妹みたいなのって言ったら「マジ、ラノベ!」ってさらに盛り上がった。


 確かにラノベみたい。そっか。ラノベか。


 面白いわ。お兄様とラノベみたいなことしたら、小説に生かせるかもしれない。お兄様といちゃいちゃもできるし、一挙両得なのでは? お風呂でドッキリとか、うん、いろいろ定番イベントあるよね。


 ということで、ちょっと恥ずかしいけどお風呂でドッキリ、やってみた。さすがに水着は着たけど、かなり恥ずかしかった。でもお兄様の方がもっと恥ずかしがっていたけど。小説と現実は違うね。


 ラノベみたいに上手くはいかないよね。それはそうだ。だって、現実なんですもの。時間は有限。ラノベみたいに永遠に高校時代は続かない。そういえばお兄様も読んでるあのラノベ、刊行開始から20年経つのに完結してないわ。20年か。私……36歳? 子どもとかいる年だよね?


 そうか。高校時代って、もう2年ちょっとしかないんだ。お兄様と一緒にいるの、それくらいなんだ。


 私はお兄様に自分の気持ちを伝えていない。「お兄様大好き」って何度も言ってはいる。でも、それは……結局冗談ベース。お兄様だって「ああ、俺も好きだよ、妹として」って返すし。


 はあ。


 そうじゃないんですお兄様。


 本気で好きなんだ。LikeでなくLove。


 とはいえ本気の告白は……してない。駄目だ。それじゃ。気持ちは伝わらない。

 だから告白しよう。そう決意したものの、勇気が出ない。気まずくなったらどうしようって考えちゃう。

 タイミング。タイミングが大事。そして手段。


 面と向かって言うのは……無理。

 じゃLINEで告白する?

 だめ。そんなの。


 手書きのラブレターしかない。うん。作家志望の私にピッタリだわ。でも手渡す勇気は無い。

 どうやって渡そう。


 気がついたら、手紙を持ってお兄様の部屋にいた。

 お兄様まだ部活。帰ってくるまで時間がある。いけないとは思いつつも部屋に来てしまった。


 机を見る。お手紙、置いていこうかしら。いやいや。そんな勇気無い。


「ん?」


 写真だ。机の上に飾ってある。お兄様と喫茶店の娘の人、そして脚の黒い人だ。場所は市民ホール入り口。看板に地区大会の文字。手に取って見る。


「演劇部か」


 去年の地区大会だろう。上演前なのか上演後なのかはわからないけど記念写真を撮ったんだ。


「え……?」


 破りたくなる衝動を必死に押さえる。喫茶店の娘がお兄様にしがみついていた。


「なんで?」


 お兄様も笑っている。嫌じゃないんだ。もしかして……この女……お兄様と……付き合ってるの?

 そういえば例の喫茶店でも仲良かったし。私見たよ。あの女、お兄様に「あーん」ってしようとしていた。


「どういうことですか。お兄様」


 震える手で写真を机上に戻す。

 もし、二人が付き合っているとしたら。他にも写真とか……ラブレターとか……あるのかな。


「いけないわ、萌々子」


 引き出しに伸びた右手を左手で押さえる。いくら萌々子だからって……お兄様の妹だからって……勝手に引き出しを開いて良いわけは……。


「……見るだけ」


 そう。見るだけ。探ったりはしない。言葉の綾なんかじゃない。本当に見るだけ。左手をどけて右手を解放。するすると引き出しが開いた。


 消費者金融のティッシュ。予備校の名前が入った消しゴム。絆創膏。虫刺されの薬。


 私が口を酸っぱくして整理整頓を言ったおかげで部屋は片付いているのだけれど、机の中は盲点だった。ごちゃっとしている。うーむ。お兄様、これはよくないわ。整理整頓しないと。でも引き出し開けたなんて言えないし。どうしたらいいんだろ。


「ま、いいか」


 とりあえず、喫茶店の女関連のものはなさそうだ。色気ゼロ。ラブレターの写真もなし。


「ん?」


 なんだろう。一番奥の方にラッピングというか、包装された小さな箱がある。もしかして……アクセサリー? あの女から貰ったとかだろうか? 確かめよう。


「ん……?」


 包装、包み直した後がある。結構いい加減に再包装してある。きっとお兄様ね、再包装したの。

 中身が出てきた。


 え。


 ちょっとまって。これって……。あれだよね?


 使った形跡がある。おそるおそる開けてみる。


「……足りない」


 12個入りと書いてあるのに、11個。1個……使われている!?


 誰と使ったんだろう。私じゃないことは確か。

 もしかして……喫茶店の女?


 心臓がバクバクする。お兄様は……もう誰かと……。


 したんだ。


 経験、したんだ。

 お兄様のバカ。バカバカバカ。

 どんなふうに……誰と使ったの……。


 携帯が震えた。LINEだ。お兄様からだ。


「遅くなるですって?」


 今6時。もうすぐ最終下校時間のはず。

 どうして遅くなるのお兄様? 下校時刻のはずでしょ?


「あ……」


 部活と言えば部室。部室と言えば密室。演劇部の顧問の先生は放任主義と聞く。部室で何をやっても咎められることはない。


 もしかして……お兄様……部室で……今日……使っちゃう!? あの女と!?


 そうに違いない。きっと、そうだ。


「お兄様……!」


 駄目。絶対駄目。

 お兄様は私のもの。


「行くわよ、萌々子!」


 電車じゃ遅い。

 私はタクシーを呼んだ。

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