第48話 ここが俺のゲティスバーグ
週末を挟み、月曜。
アリス部長に脚本チェンジを直談判したところ、意外なことにアリス部長はあっさり快諾してくれた。
そんなわけで、近藤さんと脚本を考えることになった。
「おお、そうか。近藤君の脚本なのか。遠近コンビの、遠近コンビによる、遠近コンビのための脚本だな。今まさに演劇部室にゲティスバーグが現出したといえよう」
相変わらず意味不明なアリス部長だ。
「ゲティスバーグ……南北戦争……風と共に去りぬ……スカーレット・オハラ……。うん、閃めいた!」
何を閃いたの、近藤さん。近藤さんまでアリス部長の世界に入門したのか?
「ということで……プロット考えるよ、マメくん!」
「プロット?」
「そう。やはりプロットはあった方がいいと思うの」
そうだった。もともとノープロットだったんだ。
近藤さんが大きめの付箋を取り出す。机の上に広げたA3の紙の上にそれを置く。
「この付箋に事件とか行動とかを書いて、並べて、検討して。こうやってプロットを考えるの」
「なぜ付箋に?」
「時系列や因果関係を動かせるから」
なるほど。確かに。
「ほほう。いいやり方だな」
アリス部長がのぞき込む。
「はい!」
「今度真似してみよう。それじゃ、私はこれで失礼するよ」
「え? アリス部長も手伝ってください。私、脚本を書くの初めてなんですよ?」
「だれだって初めてはある。なあ、遠藤君」
「え? あ、はい、ですね」
「ということだ。遠藤君もそういってる。あとは若い二人に任せた。然らばだ」
アリス部長は帰ってしまった。リアル生活で「然らば」と言う人初めて見たぞ。
「若い二人って、面白いね、アリス部長。部長と私たち、一つしか年変わらないのにね」
近藤さんが笑った。
「はあ。でも本当は手伝って欲しかったな。ね、マメくん?」
確かに。
「仕方ないか。二人でやろ」
「おう」
「さあ、考えるぞ!」
あーでもないこーでもない、といいながら俺たちは付箋を紙に貼っていった。
スマホでプロットの作り方、脚本の書き方なんかを検索する。驚くほど方法論が出てきた。
「起承転結でいきましょ。60分なんだし、コンパクトでないと」
既に書き上げてあるストーリーをプロットに戻し付箋に書き込み、紙に貼っていく。
「なかなかドラマチックな展開だな」
「そうだね」
自作なのに近藤さんも驚いていた。
そんな感じで小一時間、付箋書きまくりの貼りまくり。起承転結の転まできた。
「さーて。どっちにしようかな?」
「どっちって?」
「これとこれ」
俺から見て右の付箋。そこには「ヒロインとテーマパークデート」とあった。
俺から見て左の付箋。そこには「幼馴染みとテーマパークデート」とあった。
「……どっち?」
上目遣いの近藤さん。まっすぐ俺の目を見ている。
「これでラスト、すなわち結が大きく変わるよ」
「近藤さんが決めていいよ」
「ううん」
近藤さんが首を横に振った。
「マメくんが選んで」
俺なの?
そっか。じゃ、
「あのね」
俺が答えようと口を開きかけたその時、近藤さんが俺を制した。
「萌々子ちゃんて、可愛いよね」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。二重まぶたでお目々ぱっちり。お人形さんみたい」
「確かに二重まぶただな」
「容貌だけじゃないよ。マメくんに甘える仕草、本当に可愛い」
「可愛いか? どっちかと言えばうざいけどな」
「うざいなんて言っちゃ駄目。かわいそうだよ」
かわいそう? いや、どちらかと言えば毎日俺がかわいそうなんだが。萌々子に色々されて。
「私はあんなにかわいくない」
近藤さんが下を向く。
「近藤さんもかわいいと思うよ、俺は」
びく。近藤さんの肩が震えた。
「その、俺だけが思ってるんじゃないんだ。男子の間で近藤さんの評価は高いというか、あ、でも俺ももちろん、その……」
沈黙。
「……何の話だっけ?」
「選んで、って話だよ。マメくん」
再び沈黙。
普段は気にならない吹奏楽部の練習が部室に鳴り響く。
グランドからはボールを蹴る音が聞こえる。ああ、あれはきっとラグビー部だな。
かすかな喧噪が沈黙を浮き彫りにする。
「……今日選ばなくてもいいんだけどね。とりあえず」
「そう……だな」
「大会まで時間あるし」
もうすぐ下校時間だ。
「もう少しだけ。やろ? ね?」
どうせ誰も見回りなんかしていない。最終下校時刻を守らなかったからといって問題があるわけじゃない。下校時間なんのその、だ。
スマホを取り出し萌々子にLINEする。
『ごめん、今日少し遅くなる。先にご飯食べてくれ』
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