第47話 いっしょに一つのものを作りたい

 金曜日、放課後。


 英単語テストに不合格となった俺が居残り学習を終えて部室に行ってみると、近藤さんしかいなかった。


「アリス部長いないんだ」

「急用が出来たって言って帰ったよ」

「そうなんだ」

「うん」


 部室に住んでいるのでは疑惑があるほど部室にこもりきりのアリス部長がいないのは珍しい。


「これ、アリス部長から」


 近藤さんが俺にホチキスで留めた紙の束を渡した。


「なに、これ?」

「脚本。帰る前にアリス部長が置いていったの。震えて読め、だって」

「震えて読め?」

「うん」


 どういう意味だ。相変わらず不思議な人だ。


「近藤さん、もう読んだ?」

「読んだよ」

「どんな話だった?」

「うーん。私の口からはなんとも。とりあえず、マメくんも読んでみて」


 といって、近藤さんは内容を教えてくれなかった。


「じゃ、読んでみるよ」


 鞄を置き、定位置に腰掛け俺はアリス部長の脚本を読みはじめた。

 ところどこに誤字脱字や変換ミスがある。まさに初稿といった感じだ。


「ふーん……」


 なるほどラブコメだ。


 主人公(俺)とヒロイン(近藤さん)は幼なじみ。なんでも相談する仲だ。同性同士だったら親友だったに違いないくらいに。そんな二人が同時にクラスメイトから告白された。付き合うべきかどうか相談する二人。お互い、なぜか感じる嫉妬心……。


「意外に普通だな」

「と思うでしょ? もう少し読んでみて。けっこうヘビーだよ」


 促されるままに読み進める。


 そんな日常のある日、学校帰り。突然国道でトラックにひき殺される主人公(俺)。


 お約束通り異世界で転生、なぜか奴隷商人ギルドのボスに。そこで出会った上玉の性奴隷少女。なんとその少女はヒロイン(近藤さん)にうり二つだったのだ。性欲と道徳心の間で揺れる主人公(俺)。


 さあ、どうする主人公(俺)!?。


 ページをめくる俺の手が止まった。

 どうする主人公じゃねーって。

 エロ小説かよ。


「だめだろ、これ」

「だよねぇ」


 高校演劇で性奴隷とか無理だっつーの。何考えているんだアリス部長。


「でも先輩によればこれが今の売れ線らしいの」

「売れ線? 高校演劇に売れ線とかあるのか?」

「ううん。高校演劇じゃなくてラノベ。今時のラノベはすっごいえっちなんだって」

「高校演劇にラノベを持ち込むなよ……」


 ラノベか。そういえば昨日萌々子はラノベ作家になるって言ってたっけ。こういうのを書くのかな。

 それはともかく無理だ。どう書き換えたって無理。異世界とか性奴隷とか、あり得ない。


「ボツ」


 吐き捨てる。


「でもアリス部長はこれで決定って……」

「俺はやらない。こんなの、セクハラじゃないか。ここの衣装指定見た? 異世界部分の衣装、マイクロビキニを基調としたウルトラセクシー衣装って書いてあるよ? そんなの無理でしょ?」

「え、えっと……うん……嫌……かな」

「だろ? 俺の衣装だって競泳水着をベースに股間を強調したストロングスタイルって書いてある。絶対嫌だよ、こんなの」

「……私も」


 ぽす。近藤さんも脚本を机の上に置いた。俺とは違って丁寧に。


「なあ近藤さん。明日部長に抗議しよう。俺、今まで散々あの人の悪ふざけに付き合ってきた。そして許してきた。だけど、さすがにこれは度が過ぎている」

「だよね」


 近藤さんがため息をつく。


「さすがに私もこれは無理」

「よし、出演拒否しよう。こんなセクハラ芝居、出る必要なんかない。ということで新しい脚本探そう、近藤さん。たしか高校演劇セレクションが20年分あるはず……」


 部室の資料本棚へ行こうとしたそのとき、


「そのことなんだけど……」


 と近藤さんが俺を引き留めた。そしてカバンの中に手を突っ込み、紙の束を取り出した。


「なにこれ?」

「脚本」

「脚本?」

「うん。実は……ちょっと前からね、脚本書いていたんだ」

「そうなの?」

「うん。あ、でも、今年の地区大会用じゃないよ? 地区のクリスマス公演の為に書いていたんだ」


 クリスマス公演か。上位大会には繋がらない大会ではあるが生徒には人気の大会だ。クリスマスということでテーマは恋愛に限定されており、地区大会とは違った趣の大会である。


「はい、これ、マメくんの分」

「あ、ありがとう」


 意外だった。裏方志望の近藤さんだから、脚本とか書かないと思っていた。


「クリスマス公演用だったからアリス部長と同じくラブコメなんだ」

「へえ」

「あ、でも、まだ途中までしか書いてないよ。だってクリスマス公演用だもん」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうに近藤さんが言った。


「助かったよ近藤さん。これであのエロ脚本を葬り去れるな!」

「う、うん」

「ということで、こっちに決定だ」

「えっと、あの、……まず、読んで欲しいの。もしマメくんが気に入らなかったら困るから」


 おそらく全然困らないぞ、と思いつつも「なるほど。一理あるな」と俺は答え、パラパラとページをめくった。


「へえ……」


 スターバックスが近所に出来て経営難になった老舗喫茶店。頑固な父親は全く経営を変えようとしない。

 そこで娘が一念発起、まずは敵を知ろうとスタバに潜入(バイトとして)。そこで出会ったひとりの男子高校生……。


 どことなく近藤珈琲店と近藤さんのお父さんを思わせる舞台設定。主人公はもちろん近藤さんそっくりだ。相手役の男子高校生は俺っぽいようなぽくないような。


「普通でいいんじゃないかな。ラスト、どうなるの?」

「ひ・み・つ」


 悪戯っぽく近藤さんが笑った。


「ていうか、まだ書き終わってないんだ」

「でもプロットはあるんでしょ?」

「ううん。ノープロット」


 スティーブン・キングかよ近藤さん。

 キングが本当にノープロットかどうかは知らないけどさ。


「……でね、お願いがあるの」

「なんだ?」

「マメくんといっしょにお話し作りたい。二人で脚本を完成させたいな」

「でもそれって逆に難しくないか?」

「難しくてもいい。私はマメくんと、いっしょに一つのものを作りたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る