第46話 アリス部長と通話

「今日、脚の黒い人が更衣室の前で待ち構えていました。で、誘われちゃいました。演劇部に」


 そういえば今日の昼休みだったか休み時間だったか萌々子と接近遭遇したんだった、あの人。 


「かなり積極的に誘われましたが、萌々子、断りました」


 どうしてだろう。この前まで俺と同じ部活に入る、演劇部に入る、そう主張してたはずだ。


「お兄様と同じ部活動に入りたいのはやまやまですけど、萌々子、文芸部に入ります」

「文芸部?」

「はい、小説家になりたいんです。Webやコンテストに投稿して、プロデビューを目指します」

「へえ……芥川賞とか直木賞に応募するのか」

「芥川賞と直木賞は公募ではありませんよ? あれは推薦されるものです」


 へー。知らんかった。


「芥川賞とか直木賞とかじゃなく、ライトノベルの新人賞を狙います」


 ふふん! 鼻息荒く萌々子が言った。


「もしかして、もう書いているのか?」

「これからです」


 と。その時。俺のスマホが振動した。LINEの通知だ。

 ロック画面に現れたのはアリス部長のアイコン。


 送信主はアリス部長だった。どうしたんだろう。めったにLINEなんか送ってこない人なのに。

 メッセージを読む。「話をしてもいいかな?」と書いてある。なんだろう。メッセージじゃダメなのか?


「悪い萌々子、ちょっと電話するぞ」


 通話ボタンを押す。呼び出し音数回で先輩が出た。


『夜遅くにすまない。そこに萌々子君はいるか?』


 横を見る。うん、萌々子は俺の隣にいるぞ。


「ええ」

『ちょっと、かわってくれないか?』

「どうしてす?」

『再チャレンジしたいんだ。萌々子くんに演劇部への勧誘を、ね』


 なるほど。だったら居留守で切るか。今さらだけど。今出ました、どっかに、とか言って。


「誰ですか?」


 あ。だめ。萌々子が声を出してしまった。案の定アリス部長は『ん? 萌々子くんの声がするぞ? そこにいるのか?』とウキウキ声で反応した。


 代わらないとだめじゃん。


 もう一度萌々子を見る。表情から心理を探る。さっき俺に告白した文芸部入部の決意は揺るぎそうにない。

 いくら勧誘上手なアリス部長でも萌々子の決意を帰ることはないだろう。だったら大丈夫……と思えないのがアリス部長だが、どうしようもない。


「わかりました、代わります」


 あのアリス部長だ。どんなテクを持っているかわからない。念のためスピーカー設定にしておこう。


『萌々子さんかな?』


 机の上に置いたスマホのスピーカーからアリス部長の声が聞こえた。


「そうです」


 萌々子がすこし前屈みになって机上のスマホに話しかける。


『すぐに電話に出たってことは……遠藤君と一緒にいたのかな?』

「はい。同じ部屋にいます」

『ほほう。同じ部屋。一緒に住んでるだけはあるな』

「はい、いつだって一緒なんです。ですから今日は一緒にお風呂にも入りました」


 おい、そんなことアリス部長にいうなよ。俺は目で訴える。

 にこ。微笑み返す萌々子。全然伝わっていない。


『い、一緒に入浴!? お風呂、一緒だったのかい!?』


 珍しく声のトーンが高い。明らかに動揺した声だ。


「ええ。兄妹ですから」

『なんともはや……そこまでだったとは』

「一緒なのはお風呂だけじゃありません。お布団も一緒です。一緒に寝てるんです」


 寝てないだろ。時々明け方に忍び込んできているだけじゃないか。


『な、なんだって!』


 アリス部長、さらに感情のこもった声で返事した。あかん。誤解されたぞ。


「今日も二人で仲良くベッドで……むー! んぐむーっ!」


 そんな予定はない。これ以上変なことをいっては困るので萌々子の口を塞いだ。


「っん、あぐ、あふ」

『……も、もしかして、お楽しみの最中だったのか?』


 萌々子のうめき声がアリス部長を誤解させたらしい。


「違いますアリス部長! 萌々子が変なこといったんで口を塞いだんですっ!」


 スピーカーに向かって叫ぶ。


『口を塞いだ……もしかして、自分の唇でかい?』

「違いますよ! 手です! ……うひゃい!」


 ぺろぺろぺろ。萌々子が俺の手のひらを舐めている。俺の手を引き剥がすべく手のひらを強烈に舐めてきたのだ。あまりのくすぐったさに俺は思わず素っ頓狂な声が出た。


『どうした、遠藤君?』

「な、なんでも……こら、舐めるな萌々子! くすぐった……ひゃひゅひょ!」

『……舐めるな、だと?』


 いや、それは、と言いたかったが先に言葉を発したのは萌々子だった。


「萌々子、舐めるもん! すっごくたくさん、ぺろぺろって、舐め舐めするっ!」

『……邪魔したな』


 その言葉を最後に通話が切れた。


 最悪だ。


・電話したら一緒の部屋にいた。

・その前は一緒に風呂に入っていた。

・最後は舐めていた。


 ここから導かれる結論は……。


 やめとこう。考えるだけで鬱だ。


「結局なんだったのでしょう?」


 不思議そうに萌々子が言った。


 本当は再勧誘だったんだよ、萌々子。お前が変なこと言うからアリス部長は再勧誘するのを忘れたのさ。たぶん。


「ふああ。萌々子、もう寝ますね。新生活は疲れます。おやすみなさいませ、お兄様」


 萌々子が部屋を出ていった。

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