第44話 流されて

 頭部から胸部へ、胸部から腹部へ、そして禁断の場所へ。泡が水流とともに排水溝に流れていく。


 ヤバい。きわめて、ヤバい。男子高校生のシークレットな部分にお湯がかかっている。そんなものが露出してしまったら……。


 駄目である。絶対的に駄目である。そのような事態はなんとしても阻止せねばならない。


「ちゃんと流さないとね」


 頭皮に感じる柔らかい指。

 もみもみ。優しく、かつ、大胆に萌々子の指が頭をまさぐる。


 うわわわわわ!

 やばっ!

 なんか、色々、だめなやつだ!


「だ、大丈夫だ、自分でやる」

「萌々子がやるの。なんでも言うこときくんでしょ? さて、次はコンディショナー」


 背後からにゅっと手が伸びて萌々子がコンディショナーのボトルを手に取った。


 コンディショナーってつまりはリンスなんだろ。リンスって、すぐ洗い流すよな。


 やばい。泡が流れ落ちてしまう。


「ま、待った!」


 なんとしてもコンディショナーを阻止せねばならない。


「俺さ、リンス……コンディショナーはしない主義なんだ」

「え?」

「だから、コンディショナーはしないんだよ」

「コンディショナーはしない? どうしてですか、お兄様」

「それはだな……」


 理由を探す。


「あー、合わないんだよ。成分が」

「成分が合わない?」

「そう。痒くなるんだな、頭皮が」


 頭皮をかきむしる仕草で説得力アップを目指す。


「かゆくなるって、もしかして、アレルギーですか?」


 萌々子がいいことを言った。それだ。


「そう、アレルギー。シャンプーにはなくてコンディショナーに入っている、何らかの成分にアレルギーなんだ。たぶん」

「そうなんですか」

「そうなんだよ」

「わかりました。じゃ、戻しておきます」


 萌々子が手を伸ばしリンスじゃなかったコンディショナーを戻す。


「じゃ、身体洗いましょうね」

「ふへ!?」

「洗わないんですか?」

「い、いや、洗うけど……」


 身体なんか洗ったら、シャボン玉がオール消えてしまうではないかっ! もろ見えになるではないかっ!


 どうすれば……どうすればいい!?


「えーっと……も、もう、洗った! 俺は既に身体を洗ったんだよ、萌々子!」

「お兄様」

「なんだ?」

「嘘はいけません。萌々子知ってます。お兄様、まだ身体洗っていません」


 ドキ。


「なんでわかる?」

「だって、ずっと扉の向こうから見てましたから。磨りガラスごしに」


 マジかよ。見ていたのかよ。やめてくれよ。

 つか、どうしよ。


「お兄様、身体洗うの嫌いなんですか?」


 ええい、こうなったら。こうなったら!


 ……はっきり言おう。恥ずかしいんだよ、と。


「あのな、萌々子」

「はい」

「俺さ……やっぱ恥ずかしいんだ」

「何がですか?」

「俺たち高校生なんだ。一緒に風呂に入るのはおかしい。前も言ったよな? 実の兄妹だって、高校生になれば一緒に風呂に入ったりしないんだ」

「プールには入りますよ?」

「プールは別だ。水着を着ている」

「萌々子は着ています」

「俺が着ていない」

「はい」


 頭の上になんか乗せられた。


「お兄様の水着です。萌々子、目を閉じておくから水着つけてください」


 なんと。俺の部屋から水着を持ってきていたのだ。それも男子用スクール水着。


「萌々子とオソロですねっ! じゃ、湯船一緒に入りましょ? 何年ぶりかしら、お兄様とお風呂入るの!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る