第42話 ごめんなさい萌々子

「おかえりなさい、お兄様」


 家に帰ると、萌々子が晩ご飯を作っていた。


「ただいま」

「元気ないですね」

「そうか?」

「ええ。萌々子、心配」

「疲れたんだよ」


 色々あったからな。地区大会に出ることも決まったし、近藤さんと恋愛シミュレーションすることにもなったし。


「激しいのですね、演劇部」

「そうだ。激しいんだ。だから入部しないことをお勧めする」

「やだ」


 萌々子がほっぺをぷくっと膨らます。

 つん。ほっぺたを軽く突いた。

 ぽん、と萌々子の口から空気が漏れ、ふくれっ面が間抜け面になる。


「ふくれっ面よりも笑顔の方が似合うぞ」

「あら、お兄様は萌々子のふくれっ面、お嫌いですか?」


 再びほっぺを膨らませ、悪戯っぽく微笑みながら俺を見上げる。

 俺、再びほっぺをつん。ぷしゅ。またもや空気が萌々子の唇から漏れた。


「嫌いじゃないよ。でも笑顔の方が好きだ」


 そう。俺は萌々子の笑顔が好きだ。ふくれっ面や悲しい顔は好きじゃない。

 じっと萌々子の顔を見つめる。うん、やはり笑顔がいいね、萌々子は。


「萌々子の顔に何か付いています?」

「目とか鼻とか唇、かな?」

「……」


 晩ご飯を仕上げなきゃ、と萌々子はクッキングに戻った。


 渾身のオヤジギャグは無視された。


「今日はハンバーグですよ。萌々子特製ハンバーグ」

「昨日食べたよな、ハンバーグ。近藤さんちで」

「それがなにか?」


 少し萌々子の声が低い。

 

「二日連続だぞ」

「それがなにか?」


 なんか怖い。


「いや別に」

「そうですか。では、早く着替えてきてください。もう出来ますよ」


 ハンバーグ好きだし、2日連続でもいいや。

 萌々子に催促されたし、急いで着替えよう。


 部屋で着替えダイニングに戻ってくるともうテーブルに料理が並べられていた。なかなか手早いね、萌々子。


「ふー。やはり帰宅後に準備すると品数は少なくなっちゃいます」


・和風ハンバーグ(ミニスパゲティとポテサラ付き)

・海藻サラダ

・キャベツと根菜のコンソメスープ


「いや、品数多いって。このミニスパゲティとポテサラ、手作りだろ?」

「ええ」

「海藻サラダのドレッシングもそうだろ?」

「あら、おわかりですか?」


 萌々子はサラダにこだわる。朝食のサラダのドレッシングだって手作りだった。


「ありがとう。うれしいよ」


 昨日のレトロ洋食風ハンバーグもよかったが和風も好物。品数も多いし、海藻サラダは大好物だ。これなら二日連続ハンバーグでも問題ない。


 さっそく頂いた。


「うん、美味しい」

「ふふ。嬉しいですわ、お兄様」

「和風ソースがいいな」

「でしょ?」


 萌々子が笑う。


「スパゲティ、味付けはケチャップだけじゃないな?」

「トマトピューレとスパイス混ぜてます」

「ポテサラも……ツナじゃない?」

「コンビーフです」


 凝ってるなあ。


「美味いな」

「よかった。幸せですか?」

「おう、幸せだ」

「もっと幸せになりたいですか?」


 目をキラキラさせた萌々子が俺に変な質問をしてきた。幸せになりたいかだって?


「そりゃなりたいね」

「ほほう」


 もぐもぐ咀嚼しつつ萌々子が頷く。


「萌々子が思うに、幸せって美味しい食生活から始まると思うんです。ですから、美味しい食事を作る萌々子と」

「断る」

「萌々子、まだ何も言ってないのにーっ!」

「萌々子の考えることなんかお見通しだ」


 萌々子のハンバーグ美味しいですよ→萌々子の旦那様になると毎日毎食おいしいですよ→美味しい食生活ですよ、幸せですよ→よって萌々子の旦那様になると幸せになりますよ→幸せになりたいお兄様は萌々子の旦那様になりましょう!


 と話を続けるつもりだったに違いない。だから先に断ってやったのだ。


「お兄様の意地悪」


 三度萌々子がほっぺを膨らました。萌々子は眉間にしわ寄せ俺を睨む。俺はひたすらそんな萌々子を見つめる。


「意地悪っ!」


 さらにほっぺが膨らんだ。


「意地悪ったら意地悪!!」


 限界までほっぺが膨らむ。鼻息が荒くなってきた。


「ぷは!」


 空気が漏れほっぺがしぼむ。割と面白い変顔になったので俺は思わず笑った。

 見る見る萌々子の顔が赤くなる。


「笑われた。お兄様に笑われた」

「すげー面白顔するんだな、萌々子!」

「お兄様なんか……嫌い」


 萌々子が席を立つ。涙目だ。

 ちょっと悪ふざけしすぎたようだ。冗談でも女子の顔を笑うのは良くなかった。反省。


「後片付けはお兄様ですから。お風呂は……お兄様が先に入ってください」


 こちらを振り返ることもなく萌々子は自室に去って行った。

 どうやら本格的に臍を曲げたようだ。


「やっちまった」


 萌々子を傷つけてしまった。謝った方がいいだろう。


「萌々子」


 部屋の前で呼びかける。返事はない。

 だが気配はする。


「あのな……さっきは悪かった」


 返事なし。


「女の子の顔を見て笑うなんて最低だよな。反省している。悪かった」


 まだ返事なし。


「なんでもするからさ。許してくれないか」


 ガタゴト、バタン。

 なんだ? 何か落ちたのか?


「大丈夫か? ケガとかしてないか?」


 しーん。

 本当に何でも無いのだろうか。確認した方が良いかもしれない。


「萌々子……?」


 扉を開けようとしたその時、


「大丈夫です」


 扉の向こうから声が聞こえた。


「凄い音がしたけど……」

「なんでもありません」


 扉越しのぐぐもった声。


「なんでもするって本当ですか?」

「……ああ」


 多分布団に潜り込みたいというのだろう。仕方ない、許すとするか。


「わかりました。考えておきます」


 あれ?


「それよりお兄様」

「なんだ?」

「はやくお風呂入ってください」


 そうだった。

 風呂は基本、俺の方が先だ。女子のデリケートな話題なので詳細は語らないがそうなっている。


「……だな」


 風呂を沸かそう。とりあえず自室から着替えをとってきて、そのまま風呂のスイッチを入れる。

 数分後、風呂が沸いた。

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