第41話 一緒に帰ろ

 近藤さんが俺に向き合う。


「高校生に大人の演技は難しいっていうじゃない? やはり未経験なことは演技が難しいと思うんだ」


 確かにそうだろう。


「私、男の子と付き合ってことも、好きになったことも無いんだよね」


 意外だった。近藤さんほどの美人が恋愛素人だとは。


「だからホント、ラブコメなんて無理なんだよ。アリス部長が言うような、マメくんを騙すようなのは嫌だけど、普通に男女の恋愛シミュレーション的なことは、やってもいいんじゃないかな。ていうか、やらないとラブコメなんて演技無理」

「恋愛シミュレーションを、やる?」

「うん。恋愛シミュレーション。恋人ごっこ? そんなの。それやらないと。一緒に帰ったりとか」

「何度か一緒に帰ったことあるじゃん」

「でもそれって、何か理由があったでしょ? 例えば昨日みたいに、近藤珈琲店でディナーしよ、とか」


 近藤さんと一緒に帰ったのは機能が初めてじゃない。部活帰り、特に遅い時間は男女が一緒に帰ることを学校は推奨している。女子だけで帰宅するには学校周辺は若干治安が悪いのだ。


 だから帰りが遅くなる大会直前、俺たちは集団で下校していた。引っ越す前のアリス部長は自転車通学だったが、駅までは付き合ってくれたがいつもではない。アリス部長不在の時は俺と近藤さんだけで駅まで行くことも多かった。


「目的があって一緒に帰るのと、ただ一緒に帰るのって、何かが違うと思うんだ」


 近藤珈琲店におじゃまするから一緒に帰る。不審者がいるかもしれないから一緒に帰る。そんな理由もなく、ただ一緒に帰る。


 確かに何かが違うだろう。だが、その何かって……? そこにラブコメの真髄があるってことなの?


「マメくんって、付き合ってる人いる?」


 唐突な質問に俺の目が丸くなった。


「あ、誤解しないでね! そ、そういう意味じゃないから! もしマメくんに彼女さんがいたら、大変でしょ!? 私のせいで喧嘩になっちゃうじゃない? それは困るなって!」


 近藤さん、早口でまくし立てる。


「大丈夫だよ、誤解してない」


 近藤さんがスクバを手に立ち上がった。そのまま俺の方へ近づく。小さく首をかしげ上目遣いで俺を見た。


「好きな人もいない?」

「いない」

「そっか。だったら一緒に帰っても問題ないね。帰ろ? 遠藤君!」

「ああ」

「どうしたの、マメくん?」


 俺に向かって差しのばされた近藤さんの右手。


「ん? 手、つないじゃ駄目?」


 俺が聞きたいよ。いいのかよ。いくら演技の練習といっても。


「練習しないと。繋ぐよ、手」


 クールなスマイルでかっこよく言ってのけた近藤さんだった。


「ほらほら、男の子だったらウジウジしないっ!」

「お、おう」


 近藤さんの隣に並ぶ。恐る恐る手を差し伸べる。近藤さんも手を出す。まるで握手を交わすかのように。


「い、いくよ、マメくん」


 耳まで真っ赤にして近藤さんが俺の手に触れた。


 柔らかだ。少し暖かい。


「ひゃん!」


 近藤さんの手がひっこんだ。そのまま近藤さんはへなへなと椅子に座り込んでしまった。


「ごめん無理。いきなり手を繋ぐの、ちょっと無理。もー、マメくん、せっかちなんだから!」


 俺? 俺なの? 近藤さんじゃん、手を繋ごうと言ってきたの。


「ラブコメの練習難しいなあ」


 恥ずかしそうに照れ笑いをする近藤さん。赤い頬を両手でパン! と叩き、「よし!」と呟く。


「じゃ、普通に帰ろ?」

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