第39話 それはありえません、アリス部長

「萌々子を演劇部に?」

「そうだ。実は今日出会ったときに誘ってみたんだが」


 心臓がどくんとはねた。勧誘しただって? 


「少し考えてみます、だそうだ」


 ほっ。よかった。家での様子からてっきり二つ返事で入部すると思っていたが。なんだかんだいって他の部活にも興味があるんだな。よかった。


「俺が思うに演劇部には入りませんね」

「どうしてだい?」

「文化部には興味ないみたいですよ。昨日の文化部見学にもいませんでしたから」

「そうか。残念だ」


 よかった。諦めてくれた。


「しかたない。もう一度私が勧誘しよう。まかせろ、私はしつこいことで定評があるんだ」


 それはやだ。萌々子は押しに弱いんだ。しつこく勧誘されたら入部してしまう。


「ちょっといいですか、アリス部長」

「なんだい、近藤君」

「アリス部長は演劇、好きですか?」

「もちろん」

「とてもそうとは思えません」

「どういうことかな?」

「私は本当に演劇が好きな仲間とお芝居がしたいから演劇部にいるんです。人数あわせのためだけに勧誘するなんて、嫌です」


 近藤さんが珍しく強い調子で言った。


「……うむ」


 腕組みをしてアリス部長が考え込む。


「とはいえ、人数がそろわないと廃部だぞ?」

「それって部長が卒業した後の話ですよね? 来年、新入生が来れば問題ないですよね?」

「それはそうだが……。君たちだけで勧誘できるのか? 今年できなかったというのに」

「そのときはそのときです」

「……わかった」


 アリス部長が目を閉じた。近藤さんの言葉をかみしめているようだ。


「そうか、近藤君がそこまで演劇が好きだったとはな」


 目を開けたアリス部長が言った。


「はい、大好きです」

「かなり本気と思っていいんだな?」

「もちろんです」

「そうか……」


 妖しい笑みを浮かべつつ、アリス部長が脚を組み替えた。ナイロンの黒タイツと黒髪が夕日に照らされ光った。


「私は今猛烈に感動している」


 どこかで聞いたような台詞とともに部長が立ち上がる。そして、黒髪をかき上げ、くるりと一回転。脚を交差させ、両手を広げ、まるでダンサーのようにポーズを決める。それから近藤さんを指さし、「そのとおりだよ近藤くん!」と満面の笑みで言った。


「来年勧誘すればいいのだ!」

「そうですよ、アリス部長! 私とマメくんで勧誘します!」

「頼んだぞ、遠近コンビ!」

「は、はい」


 妙にテンション高い二人に若干引きつつも俺は言った。

 

「いや、まったく、私は良い後輩に恵まれたものだ。となれば……置き土産が必要だな!」


 置き土産? まだ卒業まで一年近くあるのに気が早いな。


「新入生勧誘に必要なものは何か? 今年と去年の失敗を踏まえ、私はさらに考えた。その結果分かったことがある。強い部活は部活動紹介を頑張らなくても新入生が寄ってくるのだ!」


 そうだろうな。


「前にも言ったとおり今度の大会はキミと遠藤君二人のラブコメだ。正直、脚本と演出には自信がある。しかし、問題は遠近コンビも演技力。今のままでは地区大会で敗退、来年度の新入生獲得に失敗してしまうだろう」


 去年の県大会でも脚本賞と演出賞、そして助演女優賞は取ってたものな。地方大会に出られなかったのは主として卒業した先輩たちの演技力の欠如だ。


「それではいけない。そこでだ。私は考えた」


 アリス部長が近藤さんに近づく。耳元に口を寄せ、俺には聞こえない小声で何かを囁いた。


「はい……はい……え? いや、そ、それは……」


 近藤さんが困ったような目で俺を見る。アリス部長もチラチラ俺を見る。そしてにやける。


「完璧な作戦だろ? だめか?」

「い、いえ、だめというわけでは……」

「そうか」


 アリス部長が意味深な笑みを浮かべた。


「ならば、わかったかな?」


 と近藤さんに言った。


「え……えーと……でも……困ります」

「よいではないか、よいではないか」

「よ、よくないです。そんな簡単には……」

「ここがロードスだ、飛べ!」

「そ、そんな、強引すぎます!」


 近藤さんの顔がかーっと赤くなった。


「え……えっと……」

「部活がなくなっていいのか?」

「……いやです」

「だったら、オッケーだな?」

「……はい」

「うむ。それでいい。私は私でやれることはやるがね、やはり若い二人の力が必要なんだよ」


 俺は予感した。よくないことが起こる。間違いない。

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