第33話 近藤さんのお父さん

「おい、梨愛。おまえ……その男と付き合っているのか?」


 ドスが効いてるわりには何処か弱気な声で、単刀直入切り込んできた。


「年頃の娘にいきなりそんな聞き方するかなあ? お父さん、デリカシーって単語知ってる?」

「ふん、知らんな。デリカシーという単語も、その遠藤とかいう男もな!」


 若干たじろぎつつも、近藤さんのお父さんは俺に厳しい眼光を照射し続ける。


「じゃあ教えてあげる。マメくんは同じ学年で、同じ部活で、でもクラスは違う、そういうお友達だよ。つまり恋人じゃないの。ね、マメくん?」

「え? あ、ああ、そうで……す」


 お父さんの方を見ながら答える俺。


「ね? わかった、お父さん?」

「マメくんってなんだ」

「遠藤君のこと。エンドウといえばエンドウ豆でしょ? だからマメくん」

「あだ名で呼び合う仲か」


 三度、ギロリ。睨まれる。


「あ、俺は近藤さんって呼んでます」


 弁明する俺。


「ったりめーだっ!」

「大きな声出さないでお父さん! ていうか、もうカウンターに戻ったら?」

「……わかった」


 しゅん。カウンター奥にお父さんが戻っていく。


「ごめんね、マメくん。お父さんデリカシー無くて」

「あ、いや、まあ……気にしてない」


 とりあえず、練乳砂糖入りコーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせよう。

 うん、コーヒーも美味い。確かにパンに合う。


「マメくん、私たち、恋人として上手くやれると思う?」

「ぶほっ!」


 コーヒーを吹いたのは俺ではない。カウンターの中でムスッと座ってコーヒー飲んでた近藤さんのお父さんだった。


「どうしたのお父さん?」


 キョトンとした表情で近藤さんがお父さんに向かって語りかける。


「どうしたって……梨愛、お前、やっぱり、そいつと付き合っているのか!?」


 俺に鋭い視線を注ぎつつお父さんが言った。


「違うよ。お芝居の話。こんどの大会で私とマメくん、恋人同士の役になるの」

「ここここ恋人!?」

「うん。そういうお芝居なんだ。お父さんも見に来てね」


 既に近藤さんのお父さんの意識は飛んでた。年頃の娘に恋人。事実かどうか以前に単語レベルで昇天したようだ。


「マメくんとラブコメ、恋愛劇かあ。なんか想像できないね」

「そう?」

「だってマメくん、恋人っていうより友だち……ううん、友だちというよりも、お兄さんって感じかな?」

「そっか! お兄さんか!」


 お父さん、復活。


「おい、マメくんとやら! 誕生日はいつだ?」

「4月2日です」

「ほほう! ということはもう17歳か! ちなみに梨愛は12月24日、クリスマスイブの生まれだ! 聖なる日に生まれた聖なる娘だ! 覚えておくといい!」

「はあ」

「いや、やっぱり忘れろ!」


 どっちだよ。


「そうか、お兄さんなのか、君は! はっはっは。ならいい。特別に特製プリンをサービスしてやろう!」


 上機嫌になった近藤さんのお父さん、俺にプリンをプレゼントしてくれた。


「遠慮せず食べろ!」

「はあ」

「美味しいよ、そのプリン」


 無邪気に笑いつつプリンを勧める近藤さん。ラブコメだったら「あーん」とかするシーンだよね、と思ったが、ここでそんなこと言ったらお父さんが俺を殺しに来そうな勢いだ。言うのやめておこう。


 その時だった。近藤珈琲店の扉が開いた。


「ここだよ、近藤珈琲店!」

「へー! おしゃれー! ちょ、何これ? デカ! ヤバくない?」

「コーヒー豆を焙煎する機械なんだって」

「パイセン!?」

「パイセンじゃないって。バイセン!」


 けたたましい女子学生の声。入り口は俺の背後にあるので俺からは見えないが、客が来たようだ。


「近藤珈琲店へ、ようこそ」


 カウンターの奥から響くイケボ。

 え? やけに優しい感じじゃない?

 俺に対してはヤクザのごときドスがきいた声だったのに。


「あ、ウチの学校の生徒だね、あの子たち」


 近藤さんが言った。俺も振り返ってみた。

 確かに同じ制服だ。真新しいてことは新入生か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る