第32話 近藤珈琲店
若干寂れ気味のアーケード商店街。
一時期はシャッター商店街の危機に瀕していたが、地域活性化が成功し往年の活気を取り戻しつつある……てのも一昔の話で、近年また寂れてきた。
そんな商店街の真ん中あたり。近藤珈琲店がたたずむ。
近藤珈琲店は自家焙煎。なので大きな焙煎機が入ってすぐのところに鎮座している。商店街に面した壁はガラス張りなので通りからも焙煎機が目に入る。近づくにつれ珈琲のいい匂いがしてきた。
「ただいまー」
「おかえり……ン?」
ロマンスグレーな頭髪にこれまたロマンスグレーなあごひげ。セルロイド製べっ甲調めがねの奥から鋭いまなざしが俺に注がれる。
「誰だ、あんた?」
「遠藤君だよ。演劇部の。去年の夏、ご飯食べに来たでしょ?」
俺より先に近藤さんが返事した。
「ふーん……演劇部」
ギロリ。俺を睨む。
「そんな昔のこと……覚えてねーな。で、その遠藤とやらが何の用事なんだ?」
またもやギロリ。なんでそんな怖い顔で俺を見るんだよ。俺、メシを食いに来たんだよ? 客だよ?
「お腹の空いた男子高校生がご来店なんだよ。食事に決まってるじゃない」
「コーヒー飲むだけかもしれねーだろ?」
「近藤珈琲店の洋食メニューと自家製パン、人気なんだよ。こんな時間にご来店、なのに何も食べないなんてあるわけないでしょ? 食べログでも高評価なんだし」
「食べログだかローグだか知らんが、ウチは珈琲が自慢なんだ」
お父さんがカウンターから出てきた。
「いつまで入り口で突っ立ってんだ。どこでもいいから座れ」
招かれざる客感を存分に味わいながら俺はボックス席に座った。
「ほれ、メニューだ」
どさ。分厚いメニューが渡された。
「マメくんごめんね。お父さん、接客苦手なんだ」
ボックス席の向かい側でない方――つまり俺の隣に座った近藤さんが手を合わせて謝る。
接客苦手というレベルじゃないよね、と俺は苦笑する。
「学校でも言ったと思うけどハンバーグトーストのセットがおすすめなんだよ」
「トーストだからな、ライスじゃねーからな。ウチは白米の類いはねーんだ。コーヒーに白米は合わないからな」
カウンターの奥に戻ったお父さんが叫ぶ。
「お父さん、コーヒーにごはんが合わないことくらいマメくんだって知ってるよお」
あきれ顔で近藤さんが言う。
「ね?」
「あ、ああ」
「じゃ、ハンバーグトーストのセットでいい?」
「うん、それお願い」
「わかった。じゃ私はナポリタンスパゲッティにしよ。お父さん、聞こえた?」
「おう」
「私のコーヒーには練乳と砂糖いれてね。お父さんのコーヒー、苦いんだもん」
カウンターの奥で「うぐっ」という変な声が聞こえたが気にしない。
「マメくんも練乳砂糖入りにする? 甘くて美味しいよ?」
自家焙煎を売りにしている喫茶店。ずらりと並んだ本格サイフォン式抽出機。そんな喫茶店で練乳と砂糖入りコーヒーのオーダー。
スタバでマックシェイクくださいというのに匹敵するチャレンジ精神といえよう。そのチャレンジに俺も乗るべきなのか。
こういうときは空気を読もう。お父さんの意向を確かめるんだ。
カウンター奥のお父さんを見た。「娘のオススメにのれ」というオーラを俺は感じ取った。
「じゃ、俺も練乳砂糖入りで」
「おう。二人とも練乳砂糖入りな」
近藤さんのお父さんが調理とコーヒー抽出にとりかかった。さすが、手際が良い。あっという間にハンバーグトーストとナポリタンスパゲッティを作ってくれた。練乳砂糖入りコーヒーも。
「美味しいでしょ、お父さんのハンバーグ」
「うん。美味しい」
――ハンバーグは牛6:豚4の合い挽き肉から作られているようだ。牛肉は赤身、豚肉はほどよい脂身具合。牛のうまみと豚の脂肪のマリアージュ。大きすぎず細かすぎず刻まれたタマネギ。油のくどさを中和するとともに甘みをプラス。ふんだんに使われたブラックペッパーがトマトベースのソースと実によく合う。つなぎのパン粉はトーストと同じパンから作られた生パン粉らしく、小麦の芳醇な香りを漂わせている。「牛肉100%のハンバーグが絶対正義ではない」。そう主張するかのようなハンバーグであった……。
と、食べログに書いてあったとおり、レトロな洋食メニュー、タマネギ入り合い挽き肉のハンバーグだった。正直に言おう。ご飯がほしくなる味だ。もちろん、パンとの相性は抜群なんだが。
「よかった。ちゃんとサラダも食べてね」
「ああ」
ニコニコ笑顔で近藤さんが俺にサラダを差し出す。俺が美味しそうに食べているのが嬉しいみたいだ。
「……マメくん、野菜、嫌い?」
「なんで?」
「食べ方見てればわかるの。健康によくないよ。ちゃんと食べて」
ちょっとだけ口を尖らせ「め」と言う近藤さん。なんだかこれって……。
「夫婦みたいだな、おい」
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