第31話 近藤さんは営業部長

 近藤さんの小指が離れていく。さっきまで感じていた彼女の体温が消えた。近藤さんの視線が俺たちの小指から再び夕日へと戻った。俺も夕日を見上げた。


「まだ沈まないね」


 近藤さんが呟いた。


「でもいつかは沈むんだよ、マメくん。私たちがいつかは卒業するように」


 そうだな。いつかは卒業するんだよね、俺たち。

 高校時代って永遠に続くような気がしているけど、そうじゃないんだよな。実感無いけど。


「でもね。日はまた昇るんだ。知ってた、マメくん?」

「もちろん」

「そっか。知ってたかぁ」


 満足そうに近藤さんがつぶやいた。会話はそこで途切れた。しばらくの間、二人で夕日を眺めた。ゆっくり動く雲の動き。動いているはずだが動いていない太陽。


「ねえ。これってラブコメみたいじゃない?」


 夕日を浴びながら近藤さんが俺を見る。


「どのへんがラブでコメなんだ?」

「うーん……放課後の部室で二人っきりなところがラブ? 横暴な先輩に無理難題言われたところがコメ?」


 二人きりなところはラブって。


「そういうこと言うと男子から勘違いされるぞ、近藤さん」

「ここに男子いたっけ?」

「いるだろ?」

「うーん、どこかな?」


 ふざけた調子で教室を見渡す。


「あ、もしかしてマメくん、男子だった?」

「女子に見える?」

「性的自認は女子かもしれないでしょ?」

「なんだよそれ」


 はは。俺は笑う。近藤さんも笑う。


「あ、そろそろ下校時間だ」


 時計は6時半を指し示していた。部活動終了時間である。7時までには完全下校しなければならない。


「じゃ、帰りますか!」


 よいしょ、とスクバを近藤さんが持ち上げる。


「マメくんも帰るでしょ?」

「ああ。途中でコンビによる」

「ふーん。お菓子買うの?」

「いや、弁当。晩ご飯」


 ――お兄様ごめんなさい。今日、お友達といっしょに夕食食べることになりました。お兄様の晩ご飯、作れません。ごめんなさい。


 部活動紹介が終わった後、スマホに届いた萌々子からのLINEメッセージだ。テキストに続いて「ごめんなさい」「あとでね」なスタンプも送られてきていた。


 普段の俺なら適当に自炊するのだが、流石に部活動紹介で疲労しており自炊する気力は無い。地区大会でラブコメすることになってどよんとしたし。


「晩ご飯、コンビニ弁当なんだ。そういえば遠藤君一人暮らしだったもんね」

「あ、ああ。そうだね」


 嘘は言っていない。近藤さんは一人暮らしだったと過去形で言った。萌々子と同居を始めるまで、すなわち過去において俺は一人暮らしだったのは事実だからね。


「もしかして、晩ご飯、毎日コンビニ弁当なの?」

「毎日じゃないよ。時々。基本は自炊だから」

「自炊なんだ。すごいね」

「いやー……そうかな?」

「どんな料理作るの?」


 レトルトカレーライス、コンビニ惣菜のハンバーグと目玉焼きで作ったロコモコ(風)、閉店間際のスーパーで半額になった牛肉で作る肉炒め。野菜はポテトチップスと野菜ジュースで摂取。


「いろいろだよ」


 正直に言うのはやめておこう。


「昨日は何食べた?」

「えーっと……ハンバーグ」


 俺が作ったんじゃないけど。作ったの萌々子だけど。


「ふうん」


 近藤さんが興味津々に頷く。


「ハンバーグ好きなんだ」

「そ、そうだな。肉は全般的に好きかな」

「そして今日はコンビニ弁当」

「毎日自炊ってやっぱりめんどくさくてさ」

「そっか」


 じっ。近藤さんが俺の瞳をのぞき込む。


「あのね、遠藤君。私ね、営業部長はじめたんだ」

「営業部長? どこの?」

「もちろん、近藤珈琲店の営業部長」

「いつから?」

「今から」


 近藤珈琲店。名前からわかるように近藤さんの家族が経営する喫茶店だ。自家焙煎のコーヒーと自家製パンが名物で地元に根強いファンを持つ。


「営業部長として遠藤君に宣伝活動します。今宵、近藤珈琲店でディナーはいかが?」

「ディナー?」

「ていっても近藤珈琲店自慢のハンバーグトーストなんだけどね、栄養バランスばっちりなサラダも付いてるよ?」

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