第29話 アリス部長と近藤さん
「はぁ……。やっと終わったぁ……」
「終わったな」
「新入部員、入ってくれるかな?」
放課後。なんとか無事に部活動紹介を乗り切った俺と近藤さんは講堂の舞台袖で精神的疲労の極地にいた。
舞台上では放送部の創作テレビドラマが上演されていた。NHK杯高校放送コンテスト全国大会の映像だ。
「すごいね。放送部」
肩を落とした近藤さんがポツリと言った。
「全国大会常連だもんな、放送部」
演劇部より数段上の演技・照明・音響効果。仮に演劇志望の新入生がいたとしても演劇部ではなく放送部に入るだろう。新入生獲得は絶望的だ。
「恥ずかしかったね」
「うん。恥ずかしかった」
「一人くらい入ってくれないと報われないなぁ」
まっすぐ放送部の舞台を見たまま近藤さんが言った。
俺は横目で近藤さんを見た。かなり疲れていた。
近藤さんが演じた「勧誘上手の近藤さん」が繰り出したボケ。ちゃんとした演技派高校生が演じれば、あるいは俺のツッコミがプロ級なら、ドッカンドッカン笑いが起こったかもしれない。そうすればエンタメ志向の生徒が来てたかもしれない。
しかし所詮俺と近藤さんド素人。ほぼ全部、ギャグは滑った。ボケとツッコミが成立してせず、ひたすら気まずい空気が板の上を支配した。当然客席はツンドラの大地以上に底冷え。
「一人くらいは入るんじゃないのかな」
「……だといいな」
ふう。近藤さん、ため息。
「そろそろ部室に戻ろうか」
いつまでも舞台袖にいるわけにはいかない。放送部の部活動紹介が終わったタイミングで俺と近藤さんは舞台袖から退出、講堂を後にした。
「ただいまですー」
部室に到着。旧校舎特有の古ぼけた扉を近藤さんが開いた。
黒板に年間スケジュールを書いてあった。アリス部長の字だ。
アリス部長が部活動紹介後の入部説明会を開くべくセッティングしてくれたのだ。
「おかえり。どうだった? 部活動紹介は?」
「無事終了しました」
俺が報告。無事といえば無事だった。一応。
「そうか。それはよかった」
カツカツカツ。摩耗してツルツルになっている黒板に年代物のチョークで先輩は予定を書いていく。
最後に「全国大会は次年度の夏休みです。3年生は出られません」と書いた後ちょっとだけアリス部長はいつもと違う表情で黒板を見つめた。
そうなんだよな。演劇の大会って2年かかるんだよ。
夏に地区大会、秋に県大会、冬に地方大会があって、全国大会は翌年夏休みの高校総文祭。
アリス部長は3年生だから来年は大学生。どんなに頑張っても全国大会には出られない。そりゃ感傷的にもなるか。
「さてと。こんなものかな」
クールビューティーを気取っていても普通のJKじゃないか。うん。なかなかかわいいとこある。
「ん? どうした? 私の顔に何か付いているか?」
そんな俺の思考を読み取ったのであろうアリス部長が俺に尋ねた。
「別に何も付いていないです」
「そうか」
ニヤリと笑うアリス部長。
え? 笑う要素どっかにあった?
近藤さんも同じように感じたらしい。
「どうして笑ってるんですか?」
と聞いた。
「これは失礼。ついつい妄想してしまったんだ。来年の高校総文祭すなわち全国大会で遠近コンビが全国デビューするところをね」
ふえ? 全国デビュー? 何の話?
「黒板を見たまえ。知っての通り演劇の全国大会というのは翌年度の実施だ。3年生の私は留年でもしない限り出場できない。地区大会、県大会、地方大会と勝ち進んでも意味は無い。ここまでわかるね」
わかる。
「となればだ、必然的に今年地区大会に出るのは遠近コンビ、キミたちだ。私は脚本執筆と演出プラン作成に徹することにしたんだ」
「「ええーっ!」」
俺と近藤さん同時に叫んだ
「無理です先輩! 私とマメくんが舞台に立ったら、誰が音響と照明の操作するんですか?」
「もちろん、私とまだ見ぬ新入部員だ」
新入部員前提かよ。俺たちの新入生勧誘舞台を見ていたらそんな前提に立てなかったと思うよ、アリス部長。
「新入部員が入らなかったら、どうなるんですか?」
「案ずるな。手はある」
どんな手だろう。
「それはともかく、初めての役者での地区大会、心配なんだろ、近藤さん?」
「はい。あたりまえでしょ、部長?」
「安心したまえ。地区大会は今日やったラブコメの延長だ。その名も『からかい上手の近藤さん。』だ」
「無理ですって!」
思わず叫んでしまった。
これ、絶対駄目なやつだ。
出場停止になるやつだ。句点つけただけじゃん。著作権なアレでアウトだろ。
「はっはっは。普段通りのキミらを演じればいい。シャイでウブで自然な感じが審査員の心を鷲づかみにすること請け合いだ。青春の王道ラブコメ。甘く切ないんだ!」
「あのー……もしかして、私とマメくん、恋人って設定になるんですか?」
戸惑った表情で近藤さんが言った。
「そうだ、近藤君。いわゆる両片思いってやつだ」
それ、植木も言っていた。
「私もすでに高校生活3年目。教室の内外でお互い好き合っているのになぜか付き合わない不思議な男女を何組も見てきた。アレこそ青春だなあ。そう私は思ったのだよ」
「アリス部長はそういう経験ないんですか?」
近藤さんが切り込む。
「ないな。残念ながら」
「でもアリス部長のこと好きって男子多いですよ? ファンクラブがあるって噂もあります」
「もちろん、知っている。教室ではもう少し女性らしく、かつ、上品に性的魅力もアピールしているからな」
へえ。知らなかった。
「男子生徒からの熱い視線を感じないと言えば嘘になる。だが残念なことに、私の心を動かすような男性から視線をもらったことはない。少なくともこの学校の男子からはね。私の心をときほぐし、私を笑顔にする。そんな男性はここにはいないんだ」
芝居がかった表情で遠くを見つめるアリス部長。
「でも、先輩のお家にはいるんですよね? 先輩を笑顔にする男性」
ガタッ。アリス部長のバランスが大きく崩れる。
「な、なんのことだ近藤さん」
「お兄さんことですよ」
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