第27話 萌々子と学食

 萌々子からLINEが届いたのは3時間目の休み時間だった。『お兄様、お昼休みご一緒しましょう。学食に来てください』。


 そんなわけで昼休み、俺は萌々子といっしょに学食にいた。


「カレー220円、きつねうどん230円、日替わり定食360円……。なんでこんなに安いんですか?」


 学食のメニューに萌々子が目を輝かせる。


「たしか学校から補助が出ているんじゃなかったかな? だから限りなく原価に近い価格設定なんだよ」

「パスタもあります。和風たらこスパ。萌々子、それにします」

「スパゲッティはやめた方がいいぞ」

「どうしてです?」

「ひたすら不味い。アルデンテじゃないとか、麺にコシがないとか、そういうレベルじゃない。イタリア人が食べたら発狂するレベルだ」

「そんなこと言われたら、逆に食べたくなりますね。ふふ」


 キラキラ目を輝かせる萌々子。


「そういって散っていった人間が何人いたと思ってんだ?」

「さあ。萌々子新入生なので知りません」


 もっともだ。


「じゃ、買います」


 俺の忠告を聞かない萌々子。和風たらこスパの食券を買い求めた。

 俺はいつもの日替わり定食――日替わりといいつつ毎日コロッケ・ウィンナー・ポテサラで固定なので「日替わらない定食」と呼ばれている――にした。


 提供カウンターの列に並ぶこと数分。


「はぁーい、タラスパねぇー」


 学食のおばちゃんから年季の入ったプレートを受け取る萌々子。麺だろうと思われる何かにどろっとしたゲル状物体がぶっかけられている。謎チューブからじゅぼじゅぼぼぼと絞り出されたものだ。仕上げには正体不明の液体と海苔のトッピング。


「……これが和風たらこスパ?」


 つぶれたうどんような炭水化物のかたまりを見た萌々子が震える声で言った。


「なんで……こんな……こんな形なの?」


 萌々子が絶句するのも無理はない。たらこソースらしきものの形。チューブから絞り出されたその形状は誰がどう見ても……。


 いや、やめておこう。食事時だ。


「だから言ったじゃないか」

「味は良いかもしれません」


 俺も日替わり定食を受け取り、萌々子と空いてる席に並んで座った。


「……いただきます」


 震える手でフォークを握る萌々子。


「なんだか匂いが……変?」


 くんくん鼻を動かした後、唇にスパ的な何かを口に入れた。


「……ぐも」


 萌々子の喉あたりから今まで聞いたことのない妙な音かした。


「どうした? 大丈夫か?」


 俺の質問に萌々子は答えなかった。答えられないのかもしれない。

 瞳に虚無を浮かべたまま無言で萌々子が咀嚼する。数秒後、コップの水とともに和風たらこスパゲッティが喉に流し込まれた。


「不味いです。とっても不味いです、お兄様」

「だから言ったじゃないか」

「だってこんなに美味しくないって思わなかったんですもの」


 涙目で訴える。


「お兄様のせいですからねっ」

「なんでだよ」

「お兄様が萌々子を止めてくれなかったから、萌々子こんな酷い目に遭ったんですよ?」


 言いがかりだろ、それ。


「お兄様も食べて。萌々子の苦しみを味わって!」


 ぐるるると盛大に麺を巻き付けたフォークが俺の前に差し出された。


「はい、あーん」

「嫌だ」

「萌々子があーんってしてるのに。萌々子のこと嫌い?」

「嫌いじゃないさ。だがそれとこれとは別だろ?」

「別じゃないです。食べてくれないなら、お兄様の日替わり定食と萌々子のへんなの、交換します」


 学食の和風たらこスパ、とうとう「へんなの」呼ばわりされた。


「無茶言うなよ」

「無茶じゃありません」


 萌々子が俺の定食に手を伸ばす。「へんなの」と俺の「日替わらない定食」を交換されてはたまらない。俺は萌々子の言うことを聞くことにした。


「わかったよ。一口だけだぞ?」

「はい。あーんして」


 あーん。ぱく。もぐもぐ……ぐちゅぐちゅ……ねちゃねちゃ。


 うへー。不味い。安定のまずさだ。


 過剰にゆであげられた業務用冷凍パスタ。きっと昼休みになった瞬間に投入されているに違いない。でないと、こんなに柔らかくならないだろう。麺としての形状を保っているのが不思議なくらいだ。


 そんな茹ですぎ麺。調理のおばちゃんは湯切りをほとんどしない。まともにやれば麺がブチブチに崩壊するからだ。そのせいでうどん、そば、ラーメン、等を茹でて妙な味のついたゆで汁がと最後の油的謎液体。その二つのマリアージュが、たらこっぽい魚卵の生臭さをブーストしている。


「どうですか」

「……たいへん不味い」

「反省しましたか?」

「何をだ?」

「萌々子にへんなもの食べさせたこと、です」

「だから食べさせてないだろ?」

「食べさせたも同然だわ。責任とって、お兄様」

「どう責任とるんだよ」

「うーん」


 萌々子が考え込む。


「萌々子にあーんして。それで許します」


 はい、あーん、と言って萌々子が無邪気に口を開けた。


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