第25話 萌々子と登校再び

 木曜日。学校始まって4日目の朝。そして文化部部活動紹介の日。


 結局、朝食は萌々子がつくった。なんだかんだで俺は萌々子と同伴登校することに同意した。治安がどーのこーの、萌々子に言いくるめられてしまったのだ。


「お兄様、では、一緒に学校へ行きましょう」


 二の腕に感じる柔らかな感触。萌々子が腕を組んでいる。


「なんで腕組んでるんだ? そこまで許可した覚えはないんだけど」

「駅までは腕を組んでいいって昨日お兄様いいましたよ?」

「それは昨日萌々子が倒れたから」

「じゃあ今日も倒れます」

「それはやめてくれ」

「ふふ。冗談ですよ、お兄様」


 笑いながら萌々子が腕を離した。


「萌々子はお兄様と一緒に登校できるだけで幸せですから。さ、いきましょ。また満員電車だと疲れちゃう」


 同意だ。理由は違うけとね。満員電車だとまた萌々子に抱きつかれてしまうしな。


「やっぱり準急と違って普通電車は空いてますね」


 ほとんど誰もいない車内。俺と萌々子は無事、無人のベンチシートを占領することが出来た。萌々子が安堵の声を出す。


「ね、お兄様。手握ってもいい?」

「駄目」


 ったく、毎日毎日、本当にチャレンジャーだな、萌々子は。


「むー」

「すねても駄目だぞ」

「一緒にお風呂に入った仲なのになあ。よそよそしいのですね、お兄様は」

「お風呂? 昔の話だろ? 小学校より前だよ」

「萌々子の裸、見たくせに」


「そりゃ風呂だから、見えてしまうさ」

「萌々子、お兄様だから体を許したのに」

「体を許したって。背中流しただけじゃん」


 誤解を招くから変な言い方、やめてくれないかな。


「なにを許したのかな?」


 声がした。目の前に黒タイツ。視線をあげる。

 漆黒の黒髪、真っ黒な瞳。の女子高生が立っていた。


「アリス部長?」


 演劇部部長の嵯峨アリス(本名白川タエ)先輩だ。


「おはようございます。……あの、アリス部長、どうして電車に乗ってるんですか?」


 確かアリス部長は自転車通学のはず。なのに、なぜ?


「ん? 親が家を建てたんだ。それで引っ越した。言わなかったか?」


 そういえばそうだった。


「ん?」


アリス部長が俺の隣に座っている萌々子に気がついた。


「ほほう。朝から大胆だな」


 アリス部長の視線の先を追う。


「あ」


 萌々子が俺の手を握っていた。いつの間に。


「あ、これはですね、いわゆる不意打ちというか悪戯というか、特に意味はなくてですね。というのも俺の隣りにいるのは俺の幼馴染みでして、萌々子っていって……」


 アリス部長がそっと手を差し出して俺の言葉を制した。


「今、幼馴染みと言ったか?」

「はい」

「ラブい。あまりにもラブい。幼馴染みと同伴出校。朝からラブの極致だな」


 なんか誤解してますよね?


「ふむ。なかなかの美人さんではないか。キミも隅に置けないな」


 美人と言われて萌々子の頬が赤くなった。


「え、ええっ!? び、び、びじん!? も、萌々子がっ!?」

「ああ、そうだ。美人に美人と言って何が悪いんだい?」

「ひゃう!」


 赤く染まった顔を手で扇ぐ。どうやら萌々子は容姿を賞賛されることになれていないようだ。


「隣に座っても良いかな? 美人の彼女さん」

「は、はい、お座りください」

「ありがとう。美人さんなだけでなく親切なんだね、キミは」

「そ、そんなことないです」

「謙遜しなくていい」


 アリス部長は腰を下ろし、足を組んだ。


「自己紹介がまだだったな。初めまして。私は嵯峨アリス。演劇部部長で3年生だ」

「初めまして。萌々子です」

「初めまして、萌々子くん。キミは遠藤君の幼馴染みなのかな?」

「いいえ。妹です」

「妹……? 幼馴染みじゃないのか?」

「お兄様は幼馴染みですよ?」

「お兄様? ああ、なるほど。君には兄がいるんだ」

「はい。います」


 いや、いないだろ、萌々子。


「どういうことだ?」


 考え込むアリス部長。ややあって合点がいったらしく「そうか!」と小さく叫んだ。


「わかったぞ。萌々子君の兄は遠藤君の幼馴染み。そういうことだな?」


 違います、アリス部長。全然違います。


「えーと、萌々子はお兄様の妹です」

「そうか。やはりそうなんだ」

「はい!」


 わかってないだろ、萌々子!? 

 アリス部長もわかってないよな!?


 お前は「お兄様=遠藤一郎」という等式のつもりで言っただろ?


 だがな、アリス部長は「お兄様=ここにはいない萌々子の実兄」と理解しているぞ?


 俺はアリス部長から「こにはいない萌々子の実兄の幼馴染み」って認識されてるぞ? 盛大に勘違いされているって!


「こんな美人の彼女が遠藤君にいたとはな」

「だから違うんです」と俺。

「照れなくてもいい。なるほど、彼女がいたのか。それも幼馴染みの妹。だから私の誘惑に全く乗ってこなかったのだな。うんうん。わかるわかる」

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