第24話 萌々子は堪能する

「久しぶりのナデナデ。萌々子思う存分堪能しました」

「堪能するものなのか?」

「もちろん」


 布団から出た萌々子が笑顔で言った。


「そっか。それはよかった。じゃ、部屋に戻ろうな。俺、もう寝るから」

「萌々子も一緒に寝ていい?」


 首を傾け上目遣いで尋ねる。もう一度潜ってくるつもりかよ。


「駄目」

「お兄様のケチ。いいもん。明け方忍び込みますから」

「それ、禁止」

「明け方寒さで死にそうになるんです。お兄様の体温で温めてもらわないと萌々子死んじゃうかも」

「それはない。寒波でも来ない限りな」

「わかりました。じゃ、天気予報で寒波襲来ってなったら来ます。それでいい?」

「ああ」

「本当に?」

「本当だ」

「今、いいって言いましたからね? 絶対、言いましたからね?」

「わーったって。寒波来たら一緒に寝てやる」


 萌々子、ニヤリング。


「では、今日も明日も寒波来ないので萌々子は自分の部屋に戻ります。お兄様、お休みなさいませ。萌々子はちょっとだけ起きてます」

「まだ寝ないのか?」

「はい。読みかけの本がもうすぐ読み終わりそうなので」

「そうか。あんまり夜更かしするなよ」

「わかりました」


 萌々子が出て行った。


「……ふう」


 一人になった部屋で思い出す。となりに寝ていた萌々子の体温。柔らかさ。


「……もう子どもじゃないんだけどな、萌々子」


 確かに髪の毛は昔のままだった。考えたらそっちの方が異常だ。小学生と高校生。声も体型も身長も、全然違う。

 このままの距離感じゃ駄目だ。


 ——お互いを異性として認め、尊重する必要のある年頃。


 ちょっと前に萌々子に言ったセリフ。このセリフ、俺の言葉じゃない。親父の言葉なんだ。


「久しぶりだな」


 お、脳内親父。また出てきたのか。今中国何時だろ?


「時差など気にするな。萌々子ちゃんとはうまくやっているか?」


 とりあえずは。


「お互いを異性として認め、尊重する。大事なことだ。守っているか?」


 守っているよ。


「そうか。ならよい。お互いを異性として認める。すなわちそれはお互いを異性として意識することだ。お前にとっての異性。それはすなわち女性。結婚し家庭を作ることの出来る相手。それが女性だ」


 古くさい考え方だな親父。


「昭和生まれだからな。しかたあるまい。それはともかく、女性を尊重するための例のアイテム、ちゃんと持っているか?」


 ああ。


「仮にだ。仮に一線を越えてしまう場合……使うのだぞ。たった0.02ミリ、されど0.02ミリ。侮るな」


 侮ってないよ。


「そうか、侮ってないか。それはよかった。穴がないかは確認しろよ?」


 オヤジギャグかよ。


「侮らず、穴がないのを確認して穴に突っ込むんだぞ? 具体的に描写してあげようか?」


 ほんとやめて、そういうの。マジヤバいんだって。

 いろいろ不都合なんだよ。いろいろ。

 もう嫌なんだよ。バン、てなるの。


「意味が分らぬことをいうやつだ。ま、それが男子高校生というものか」


 変な納得しないでほしい。


「そろそろ帰るぞ。北京ダックが俺を呼んでる。再見!」


 こんな時間に北京ダックか。勝手気ままな親父だ。


「アイテム、か」


 ちゃんと机の奥深いところに隠してあるよ、親父。断言するよ。俺、このアイテム使うつもりないから。俺と萌々子、そんな関係にはならない。


 だって。


 俺にとって萌々子はどこまでいってもかわいい「妹」なんだ。大事にしたいんだよ、親父。


 とりあえず、寒波が来ない限り萌々子は布団に忍び込んでこないしな。男子高校生の本能が目覚めることもないだろう。


 はっはっは。俺、勝利。寒波なんかこないって。萌々子、意外なところで抜けてるな。あんな約束するなんて。今4月だぞ? 寒波って12月とか1月とか、冬に来るもんだろ? まったく萌々子ときたら……。


 ん?


 まてよ?


 てことは、冬に寒波が来たら萌々子は俺の布団に忍び込んでくるってこと!?

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